いけない誘惑水着 グラビアアイドルの撮影日記

穿き直して廊下に出ると、もう祐美香の姿は見えなかった。

(祐美香さん)

身をひるがえして出ていく直前の祐美香さんの顔。あれはおびえ? 恐怖?

(……じょ、上半身裸のままで……まずいよなあ)

今この旅館にいるのは結姉ちゃんとお祖母ちゃんだけだから大問題にはならないだろうけれど……。

「あれヒロくん? どうしたの、祐美香ちゃんの部屋の前に突っ立って」

水着アイドルが着ていたカーディガンを拾い上げてからもう一度廊下に出たところで、声がかけられた。

いつもと同じざっくりとした半袖パーカー姿の女性編集者がにこにこして立っていた。裾をまくり上げたジーパンから伸びた足元は裸足だ。

「祐美香ちゃんに夜這い……じゃないな、昼這いかけて、追い出されちゃった?」

「う。いや……そ、それが……」

冗談を言ったつもりなんだろう。

でも半分以上正解かもしれない。

相手が加奈なら自分を守るために咄嗟に嘘をついていたかもしれなかったが、さすがにおさななじみのお姉さんにはそれはできなかった。

「そ、それが……祐美香さ……桜さんとふたりっきりになって、その……キ、キスとかして……その後、桜さん、こわくなっちゃったみたいで……今、その、上は裸で、出ていっちゃって」

結の顔が急にこわばった。宏之が一度も見たことのないような厳しい表情だった。

「バカ! じゃあなんで突っ立ってるの! ヒロくんは二階の部屋を捜して!」

身をひるがえして女性編集者は階段を降りていった。

宏之もあわてて廊下を走った。

結が一階の化粧室で半裸のグラビアアイドルを見つけてくれた。

自分が着ていたパーカーを羽織らせると、タンクトップ姿になったおさななじみのお姉さんは、

「ヒロくんは自分の部屋で待っていなさい。後で話があるからね」

と命じ、祐美香を連れて自分の部屋に入り、宏之の目の前でドアをバタンと閉めた。

(はああ……まずいよなあ……いろいろと……)

荒花先生がいなかったのが不幸中の幸いだった。

いや、もっとも、先生がいたらそもそも祐美香さんと部屋でふたりきりになるチャンスは訪れなかったのかもしれないけれど。

そんなことを考えているうちにすぐ三十分ほどが過ぎ、ドアがノックされた。

開けるとおさななじみのお姉さんが立っていた。タンクトップ姿のままだ。

「じゃあ、話を聞きましょうか。入ってもいいかな?」

「はい……どうぞ」

荒花先生にも負けないくらいにこわい存在に思えてきた。

結の前で正座して、宏之はつっかえつっかえ説明した。

祐美香さんの迷惑になるといけないと思い、相手からも誘われたというニュアンスは全部カットして話した。なので宏之が強引に迫った話になってしまった。

ひと通り話を聞き終えると、おさななじみのお姉さんはふうっとため息をついた。

「ヒロくん、きみ、祐美香ちゃんのことがほんとに好きなんだね」

「え?」

「祐美香ちゃんから聞いたのと細部がかなり違うよ」

「い、いや……それは、でも、ぼくは、だから」

黒髪お下げのお姉さんはにっこりと笑って、なにしどろもどろになってるの? あたしはふたりの味方なのに、と言った。

「え?」

顔を上げる。

二十六歳の編集者は、ふだんのちゃきちゃきとした雰囲気とは少し違って歳相応に落ち着いた雰囲気を醸し出していた。細い眉の下の黒い瞳が真っすぐに宏之を見つめていた。宏之が小学校低学年だったころと同じようにやさしい口調でつづける。

「応援してあげるって言ってるの。ヒロくん、昔と変わらないんだもん。なんだかいっしょうけんめいで。かわいくて。お姉さん、応援してあげたくなっちゃうじゃない」

「お、応援……? でも」

いくら自分とおさななじみとはいっても結は今は出版社の人間。桜祐美香のことを第一に考えるはずだった。無垢なドル箱女子大生グラビアアイドルと一介の男子大学生との交際を認めてもらえるわけがない、と宏之は思っていた。

それに。

百歩譲って結が交際を応援してくれるとしても、それ以前に祐美香本人の意思というものがあるだろう。いい雰囲気かなと思っていたのもつかの間、ペニスを見せたとたんに逃げ出されてしまったのだから……。

「でも結姉ちゃん……ぼく、もうきっと祐美香さんにはきらわれてるよ……」

「大丈夫だと思うよ。そんなに簡単にきらいになるような相手なら、二時間も膝まくらなんかしないから。少なくともあたしには無理だな」

「えっ……?」

二時間……?

きょとんとした宏之の手首に、そうよと言いながら手を触れると、タンクトップ姿のお姉さんは急に立ち上がった。

「ねえヒロくん。ちょっと場所を変えようか」

「はい?」

無理やり腕を引っ張られて連れてこられたのは浴場だった。

女湯だ。『海福旅館』に混浴はない。

「こ……ここは、ぼくがいちゃまずいんじゃ……」

「なにか言った?」

入口に内側からつっかい棒をしながら結が訊く。誰も入ってこられないようにということなんだろうけれど……なんのために?

「あ、あの……結さん、いったいなにが始まるんですか?」

「あのさあヒロくん。祐美香ちゃんから少し聞いたんだけどさあ、きみ、ちょっと焦りすぎたんじゃない?」

宏之の質問は無視しておさななじみのお姉さんが訊いてくる。

「え」