(やっぱりキスってヤバい……く、くちびるって、粘膜だもんな……)
そっと重ね合わせているだけのキス。
でも宏之は夢中になっていた。やわらかいくちびるはほんのりと温かく、鼻から息を吸いこむと若々しい肌の匂いで胸がいっぱいになる。祐美香とのくちづけは夏の西瓜の味がした。
触れ合わせただけで感じたぴりぴりするような刺激は静かにしていると少しおさまった。でもほんの少しだけ顔を傾け、くちびるの丸みに沿って口を這わせると、また同じような気持ちのいい刺激を感じる。それが喉から胸の方にまで沁み入ってくる。
くちゅ、くちゅ……。
同じような刺激を感じているのか、また祐美香が口の中でなにかを一回、二回とうめいた。そのうめき声を吸いこみたいと宏之は思った。くちびるで少し強く乙女のくちびるを挟みこみ、吸いつく。ぷりぷりの感触が口につたわってきた。いったいどちらの唾液なのか、触れ合っているところが濡れている。
「……ん、ん……」
祐美香がまた口の中でうめいた。なにかを懸命にこらえているように宏之には思えた。なにをこらえようとしているのかはわからなかった。いやがっているわけではない。宏之の腕の中で熱い素肌と弾力のあるふくらみを持つ処女の身体はときおり小刻みな震えは見せる。でも暴れたりはしない。身を任せてくれているんだ。それがわかっただけでいっそう青年の体温も上がっていく。
だがやがて。
「……う、ぅぅん……」
閉じたままの乙女のまぶたの上で細い眉が苦しそうに寄せられた。それと同時にそれまではとは少し違ったくぐもったうめきが聞こえた。
(祐美香さん、つらいの……?)
口を離す。
はーっと、ふたりの口から同時に息が洩れた。宏之の口からはため息にも似たものが。祐美香の口からもなにかひとつの仕事を終えたか、ひとつの峠を越えたかしたようなものが。
腕をゆるめ、顔を離して年下グラビアアイドルをじっと見る。
むわっとお腹の底あたりから身体が熱くなっていた。
「さ、桜さん……っ、ぼく、ぼく」
祐美香は微笑んだ。
「どうして戻っちゃうんです、呼び方? わたしにはあんなこと言ってくれたのに」
「じゃあ祐美香さん……ぼく、ごめん、もう我慢できないかもしれない……」
青年は今日もまた自分がなにを口走っているのか半分わかっていなかった。なんだか夢のつづきに入りこんだような気がしている。頭の片隅ではきのうのことも今のこれも現実だということはわかっている。それでもなお夢の中なんだから思ったことを口にするしかないじゃないかという気持ちになっていた。
「ぼく、祐美香さんの、信頼、もう裏切っちゃうかも……ぼく、ぼく」
加奈に撮られた脅しの写真のことなどどうでもよくなっていた。すぐ目の前に二十歳の熟した肢体がある。それも……何回も使ったことのある肌色水着のページと同じシチュエーションなんだ!
手のひらどころか身体中が汗ばんできた。
鼓動のドキドキが相手につたわっているんじゃないか。
「あ、あのね、宏之くん」
こくんと一回喉を鳴らしてから二十歳の生娘はささやくような声で言った。
「宏之くんなら、いいよ……いくらわたしが男の人とおつき合いしたことがなかったからって……苦手だからって……こうしてお部屋でふたりきりでいるのに、これだけで終わるなんて、思ってません」
「え……? でも祐美香さん」
いいよって。なにが?
どこまで?
宏之はとまどった。
(祐美香さん、本当に自分の言っていることがわかってるの? それとも、なにか勘違いしているのかなあ……あああ、わからない、わからないよ)
宏之が黙りこんでしまうと祐美香は顔を上げて青年の瞳をじっと見つめた。それからまたうつむき、なにかを決意するように息を吸ってから、くちびるを開いた。
「ねえ宏之くん……宏之くんは、わたしの、身体、見たいですか?」
「え……っ?」
聞き間違いじゃないかと思った。
「どうして、そ、そんな風に、思うの……? ぼくは、別に、そんなこと」
考えてない、と言ったら嘘になるけれど。
「十四のときから写真集出してるんですから、買ってくださる方がどういう風に見てらっしゃるのかとか、わたしだってわかります。わたし、ずっと、そういう風に見られるのはちょっとイヤかなって」
ごめんなさい、と宏之はこころの中で謝った。
ところがアイドルは思いもよらないことを言い出した。
「でもね。好きな人になら、いいのかなって。もしその人が望んでいるのなら」
好きな人?
いや。でも。
(ひょっとして、祐美香さん……もう二十歳なんだから、経験してみたいって、周りから子ども扱いされたくないって、思っていたのかもしれないな……だから)
だから。
安全そうな相手なら誰でもよかったのかもしれないな、と宏之は思った。
そう考えると、がっかりした気持ちになるのと同時に少しだけ気が楽になった。
(そうだよな……祐美香さんみたいにきれいで、グラビアの仕事でお金も稼いでいるような人が、ぼくみたいになんのとりえもなくて、就職もまだしてないような平凡な男のことを、簡単に好きになるわけなんかないよな……)
「あの、宏之くん?」
あれこれ考えこんで黙りこんでしまっている青年に祐美香が不安そうに訊いてきた。