いけない誘惑水着 グラビアアイドルの撮影日記

(肩幅なんか、あんなに狭くて……む、胸も、かたちは写真集と同じでたっぷんたっぷんなんだけど……た、ただ大きいだけの巨乳っていうんじゃなかったんだな……手のひらで包みこみたくなるような。たとえば)

たとえば……。

(ぼくの手で)

はっとなって、ぶんぶんと首を横に振る。

(ど、どうしてぼくはすぐに、そういうことを考えちゃうんだろう……)

いくら本人に会えたからって。

そんなことまでできるわけないのに。

絶対に無理なのに。

昼食を挟んで午後もまた海辺での撮影が始まった。

ところが天気が急に崩れ出し、中断することになってしまった。

旅館に引き上げていく途中で、ビキニ姿を隠すように上着を羽織っているアイドルに声をかけるチャンスがやっとめぐってきた。もっとも自分から女性に話しかけるなんてろくにしたことはない。

「お、おつかれさまです、桜さん」

他に口にすることばは思いつけなかった。

ところが女子大生グラビアアイドルはびっくりしたような顔になり、むっちりとした太ももの歩みをゆるめると、

「い、いえっ! おつかれさまでしたっ」

宏之に頭を下げた。

(えっ……)

いや、ぼく見学してただけだし。お昼を用意してくれたのはお祖母ちゃんだし。

「え、えーと……」

「……はい」

小首をかしげて顔をのぞきこんでくる。

なんだかバイト先で新人の女の子に仕事を教えたときの感じみたいだなと宏之は思った。鈴を鳴らすような声が耳に心地よい。

でもなにを言えばいいんだろう。

「ええと。ええと」

「はい……?」

(ゆ、祐美香さんがぼくを見つめてる! ぼくの次のことばを待っている?)

なんていうか。気まずいというのとも違うような。違わないような。

考えているうちに旅館に着いてしまった。後ろから追いついてきた女流カメラマンは宏之に一瞥を投げかけると、水着アイドルの手を引いてさっさと行ってしまった。

「ありゃあ……」

「どうかした、ヒロくん?」

いちばん後ろだった編集者にも追いつかれた。

「い、いや、別に、どうもしないけど……」

「ふうん? へんなヒロくん」

「べっ、別にぼくはへんじゃないです」

さすがに夕食までいっしょというわけにはいかなかった。相手はお客様。宏之は旅館側の人間だ。

「ふあーっ、なんだか疲れたな……っ」

皿洗いを全部引き受け、戸締まりをして回ったら、もうそれだけで午後の九時を過ぎていた。宏之は自分用にあてがわれた部屋の畳の上に寝ころんだ。

(エアコンが全室にあるってのは救いだよな……)

台風並みの低気圧がやってきているらしかった。大粒の雨が叩きつける音とごうごうという風の音がものすごい。壁や柱がときどきミシミシと鳴る。

「ちょっと今いいかしら」

ドアがいきなり開いた。

「えっ?」

全室和室とはいえ各部屋の入口は洋室風のドアだ。見ると人影が宏之の返事も待たずにするりと室内に入りこみ、近寄ってきた。

「え、あ、荒花……さん」

荒花加奈だった。

長身の女流カメラマンが身につけているのは昼間と同じ無個性なポロシャツにチノパンツ。

すでに入浴を済ませたようで、頬は少し紅潮しているようだしショートの黒髪も生乾きでつやつやときらめいている。ほんのりと湯上がりのいい香りが漂ってくる。

ふつうなら風呂の後は旅館のゆかたに着替えるところだろうに、と宏之は思う。遊びに来ているわけでもないし宴会があるわけでもないのだからこれはこれでまあふつうなのかな、と考え直した。ホテルに泊まっている感覚なのかもしれない。

でもいったい。

プロのカメラマンがなんの用だろう。

「きみ、歳いくつ?」

「に、二十一、ですけど……」

「そう。若いのね。若いといろいろたいへんよね」

「は……?」

なにを言いたいんだ、この人は?

「そんなに警戒しなくてもいいのよ」

加奈は苦笑すると、立て膝をついて宏之のそばにすり寄ってきた。

「ちょっと昼間、キツい言い方しすぎたかしら?」

「え……?」

「こわがらないの。あのね、欲望をもてあましてるのは、別にきみだけじゃないのよ」

「よ、欲望……?」

結との雑談から知ったのだが、荒花加奈は御歳三十二歳でこちらも独身。

桜祐美香のデビュー写真集の大ヒットがきっかけでフリーカメラマンとしての地位を確立し、近年はグラビア写真よりもアート系の作品を撮る方がメインになっているとのこと。ただ桜祐美香の写真は一貫して撮りつづけている。

長身の才女は宏之の手首をいきなりぎゅっと握ってきた。

なんなんだ、この展開?

女性からそんなさわり方などされたことのない宏之はびっくりしてしまって咄嗟にはなにも言えない。

「あのね。加奈はねえ」

「は、はい……」

女流カメラマンが自分のことをわたし、ではなく名前で呼ぶことは撮影中から気づいてはいた。宏之の周りには子どもならともかく、いい歳をした大人にそういう人間は今までいなかったから、なんだこの人は? と思ったりもしたのだが……。

(い、意外と、かわいいのかも……)

女流カメラマンは初心な青年がさらに驚くような行動に出た。

「きみみたいな男の子って、本当はきらいじゃないんだよ」

つかんだ手首を引っ張り、自分のポロシャツに触れさせたのである。ちょうど乳房のふくらみの部分に。

「な、なにを……? わ、わ」