「桜さん。いやなことは、しませんから。無理そうだったら、そう言ってください。すぐやめますから」
「大丈夫です……」
蚊の鳴くような声で潔癖なアイドルは答えた。
宏之は肩に当てていた手をいったん離し、その指先を今度は髪の先に触れさせて、そっと撫でた。あくまでもやさしく。
「桜さんの髪の毛って、本当にきれいだな……」
思わずそうつぶいていた。
すると。
伏せたままのまぶたの下の白い頬にほんのりと赤みがさした。
両手を膝の上でぎゅっと握りしめて、まだ身体も固くさせたままだ。全身に緊張感を漲らせたままだ。それでもこうやって間近から大好きなアイドルを見ていると写真ではつたわってこないことまでわかった。
肌はつるつるなのだけれどけっして人形のような無機質な感じではない。たとえば赤ちゃんみたいなやわらかさと温かさを感じさせている。
「あのう桜さん……プールとか海とかは行かないんですか? そのう、仕事以外で」
「……お友だちが誘ってはくれるんですけど、撮影があるから日焼けもできないし」
「ああ。それでこんなに肌もきれいなんだなあ……」
「そ、そんな。困ります」
白肌が髪への愛撫に連れて少しずつ紅潮していく。伏せたままの目の下のあたりだけだったのが、かたちのよい耳たぶや半分髪に隠れた首すじもそうなってきた。
それをごまかすかのように、祐美香が口を開いた。
「そ、それに、夏中にまとめないといけないレポートもあるので、なかなか遊びに行けなくて……」
「ああ……西洋史学科でしたよね」
「え? どうしてそんなことまで」
「ああ、それは、ええと、結さんに昼間、聞いたから」
やわらかい黒茶色の髪の束をそっと梳いてから指をさらにその先に進めた。午前中の海岸のときとは違って加奈や結に見られていない、というのは大きかった。宏之はより積極的になれた。
「結さん、学業の方を優先させることに決めたなんてえらいって、誉めてましたよ」
(よ、ようし、もう少し……)
手の甲に髪を感じながら指の先が首すじにさわった。
「菊池さんがそんなことを……っく」
ビクンとして無垢な女子大生アイドルはベンチから腰を浮かしかけた。でもなんとか思いとどまったようだ。
青年のなか指の腹が首すじの皮膚をそっと押し、それが少しずつ上がって髪の生え際をそろそろとなぞる。
するとまた祐美香は食い縛ったくちびるの中で小さくうめくような声を上げた。華奢な肩がグッとこわばったようになり、首をすくませている。
「そろそろやめますか?」
尋ねると、量感のある胸と尻の持ち主は黙って顔を左右に動かした。伏せたままのまぶたの上で眉はぎゅっと寄せられている。くすぐったさをこらえているようにも見える。その頬はますます紅潮していた。
宏之は少しためらった後で思いきって言ってみた。
「あ、あの、じゃあ……手にさわってみても、いいですか?」
グラビアアイドルはまた小さくうなずいた。
これがひとつのハードルだろうなと思う。昼間は手を握ろうとしたとたんに平手打ちされた。まあ祐美香さんになら何回ひっぱたかれてもかまわないけれど。
膝の上に置かれて握りしめられている小さな拳に、青年はそっと手のひらを重ねた。
「……っ!」
またブルッとその肢体が震えた。上くちびると下くちびるの間に小さな隙間ができて、そこから声とも吐息ともつかないものがこぼれ出た。
それでも包みこむように手を握りしめていると、こまかな震えがおもむろにおさまっていった。その代わり手のひらに感じる熱が高まってきた。顔の赤らみも頬から鼻の付け根のあたりにまで広がっていくようだ。
(もっともっと反応を引き出してみたい)
そんな思いが衝動的に湧き起こってきた。
緊張がつづき過ぎたのか、一瞬祐美香が張りつめさせていた力をすっと抜いた。
首に回していた手でそっと自分の方に抱きよせるようにしながら、宏之はもう片方の手をグラビアアイドルの手の甲から離し、腕を撫でてみた。
「桜さんて、すごい敏感な人なのかな……?」
「そ、そんなこと、わたし、わかりませ……ぅんっんっ」
それまでよりどこか鼻にかかったような声。
「つづけても、いいですか、まだ?」
「……は、はい」
手のひらを通じてまた乙女の身体が緊張したのがわかった。
つ、とこめかみの上を脂汗がひとすじつたうのも見えた。
(暑いから……もあるよな)
なにしろ真夏。急な大雨で湿度も上がってきている。宏之も汗をびっしょりとかいていた。女子大生グラビアアイドルの白いブラウスや白ビキニも、今は雨ではなくて内側からも濡れているのではないだろうか……。
ぐぐっとジーンズの中で肉棒が痛いほどにそそり勃ってしまった。
(だ、だめだよ、ぼく……ぼくは祐美香さんのためにさわる練習をしてあげてるだけなんだから)
「桜さん。あのう、あんまり緊張しないで、楽な気持ちでいていいんですよ」
「わ、わたし、別に緊張はしてません……大丈夫です」
祐美香は緊張しきってうわずったような声でそう言った。
宏之はあこがれのアイドルの腕から手を離し、今度はもう一度首に触れてみた。ただし今度は首すじよりももっと上。
耳たぶのすぐ裏側だ。
たちまち重量感たっぷりの胸を持つ女子大生は、
「ぃひゃん」
とかわいい声を上げてまた首をすくませる。