いけない誘惑水着 グラビアアイドルの撮影日記

「お祖母ちゃん、こんちはっす」

大きめの屋敷を旅館に改装したといった感じの『うみふく旅館』は、民宿と呼んだ方が近いだろう。

昔は従業員を雇っていたらしいが最寄りのまつ鹿しか海岸が遊泳禁止になって以降客足は鈍る一方で、祖父が亡くなってからは祖母がひとりで切り盛りしていた。

(母さん、大げさな言い方しやがって……なにが、あんたを見こんで、だよ)

今日もいやになるほど暑い。

きのう母親の言っていた仕事というのは、祖母の旅館で手伝いをしろ、ということだった。年間数組の常連客しか訪れないので開店休業状態だったのに急な予約が入ったとのこと。

「ヒロちゃん。さっそくで悪いけど、お使いを頼みたいんだよ」

祖母は車のキーと伝票の写しを大学生の孫に手渡した。

「家具屋さん、わかるかい? 受け取ってきてほしいものがあるんだよ。あたしもまだ運転ぐらいできるんだけど、他にも支度がいろいろあってねえ」

「うん、わかった。ぼくに任せて。それで、受け取ってくるものって?」

「それがねえ、ベッドなんだよ」

「はああっ?」

駐車場に行き、軽トラックのエンジンをかける。

国道沿いにある家具店まではけっこう距離があった。ハンドルを握って田舎道を走らせる。

「どうしてもひとり分は洋室を用意してくれとか言われちゃってねえ。なんでも、そのお客様はベッドでないと眠れないとかで」

祖母は苦笑してそう説明してくれたのだった。

(近くで海水浴ができるわけでもないのに、そんなわがままな客がこんな田舎に、いったいなんの用があるんだろう?)

ふつうならたいてい、同じ県内のはく海岸へ行くだろう。

ここにあるのはきれいだけれど泳ぐことのできない海と狭い砂浜。岩場。切り立った崖。そのすぐ後ろには、ちょっとした登山気分を味わえる山。それだけ。

(だいたい和風旅館をなんだと思ってるんだよ、そいつは。まったく……)

家具店に着いて荷台にウッドカーペットと組み立て式のベッドのパーツとセミダブルのマットレスを乗せ、来た道を戻る。

対向車もないし人通りもろくに見られない。宏之の実家も鳥取市内の中心部に比べれば充分に田舎だが、日本海を間近に望むこのあたりはそれに輪をかけた感じだった。

「あれ?」

旅館に帰り着き駐車場に軽トラックを停めてキーを抜いたところで、玄関口の前でお祖母ちゃんが三人の女性を出迎えているのが目にとまった。

例の予約客だろう。

(ん。どこかで見たような……)

シンプルな日傘をさしている女性が宏之の目を惹いた。

カットソーの胸元はきれいにふくらんでいる。タイトなスカートも曲線美を隠しきれてはいない。

顔が見える。丸みを帯びた白い頬。黒い瞳。ととのった鼻筋とふっくらした小さめのくちびる……。

(も、も、もしかして……?)

こころの中がグラグラとざわついた。大ファンの宏之が見間違えるわけがない。

(で、でも、まさか。そんなことが。に、似てるだけっていうことも、あるよな?)

ごしごしと目を擦る。

と、そのとき。

「ヒロくんじゃない?」

軽トラックから降りかけたまま固まっていた青年に声がかけられた。

日傘の女性の隣にいたやや小柄な女性が、宏之の視線に気づいたのだ。

人懐っこそうな笑みを浮かべて近寄ってくる。

「ひさしぶり!」

「あれ、ゆい姉ちゃん……?」

二十代なかばくらい。少し細めの目とすっきりとした頬。くちびるは少しだけ大きめ。やっぱり間違いなさそうだった。黒髪を一本だけのお下げにしているのは昔と変わらない。実家の近所に住んでいたおさななじみのお姉さんだ。

いきなりがっしりと両手を握られ上下に振り回された。

「しばらく見ないうちに、あたしより大きくなってたんだねえ、ヒロくん。免許取ったんだ?」

「う……うん、結ね……いや、えーと、き、きくさん」

苗字を思いだせた。結婚して変わっていなければだけれど。

「やあねえ! 昔みたいに結姉ちゃんでいいわよ! なによう、他人行儀な」

いや他人だし。

背丈は完全に宏之が追い越している。胸のふくらみはそれなりでしかなさそうだった。でも全体に昔はなかったどこか落ち着いた雰囲気も感じられる。あのちゃきちゃきの結姉ちゃんも大人になってたんだな、と思う。

「じゃ、じゃあ結さんて呼ぶね……」

「うんいいよ!」

なにがそんなにうれしいんだろう。

「あ、あのう、それより、あそこにいる、いれ……いらっしゃられるのは……?」

「あっそうね。じゃあ紹介するね」

五つほど年上の昔なじみはおかしな敬語はスルーし、元気よく宏之の腕を引いて玄関口まで連れてきた。

「えっと、この男の子はあたしの後輩の、はし宏之くんです。この旅館のおかみさんのお孫さん。えっと。ヒロくんは、お手伝いに来たの? それともここに就職した?」

「て、手伝いです。大学生です」

次は宏之の方が他のふたりを紹介される番だった。

(ゴクッ……)

いよいよだ。

日傘が閉じられこちらに顔が向けられた。

化粧気は見られない。きのう見ていた写真集と同じような髪型だけど前髪の散り方や乱れ具合は少しラフで、有名人というよりちょっとだけ品のよすぎるふつうの若い女性という感じ。

でもやっぱりこれはどう見ても……。

「こちらは桜祐美香ちゃん。ヒロくんと同じ大学生。ていうか……知ってるよねえ、あんしん三次元女子」