甘い期待に胸を膨らませていた正平は、その時点でがっくりと肩を落とした。
(そりゃそうだよな。そんなおいしい話が何度もあるはずないもの)
バス内で真奈が見せた行為は、やはり偶然の産物だったのだろう。
自分に都合よく物事を考えていた正平は、己の浅はかさを知り、情けなさで思わず口元を歪めた。
そんな失意の正平などお構いなく、真奈は盛んに勧誘の言葉を投げかけてくる。
「どうかしら? あなたには、どうしても入ってほしいんだけど」
正直はっきりと断りたかったのだが、それでは真奈との関係は、ここでぷっつりと途切れてしまう。それでなくても、真奈は女子の体育教諭で、接する機会はほとんどないのだ。
いったいどうしたものか。正平が逡巡していると、真奈はとんでもない案を提示してきた。
「とりあえず、あなたの泳ぎを見てみたいわ。それから入部するかしないか、決めるっていうのはどう?」
「え? でも僕、水着なんか持ってないですよ」
「男子用の水着があるの。それを貸してあげるから。ほんとはもう更衣室に用意してあるのよ」
おそらく真奈が、以前から購入しておいたのだろう。どうやら強硬手段を使ってでも、正平を水泳部に入部させたいようだ。こうなると気弱な性格が災いし、とても本心は告げられそうにもない。
「わ……わかりました」
「そう。じゃ、あそこが更衣室だから、すぐに用意してくれる?」
正平が渋々承知すると、真奈は室内の片隅にある扉を指差した。
「さ、早く」
真奈に促され、正平はやや俯き加減で歩を進める。扉を開けると、手前にシャワー室があり、その奥が更衣室になっているようだった。
「一番左のロッカーに男子用の水着を入れておいたわ。じゃ、私はここで待ってるから、着替えたらすぐに来てね」
真奈はそう言うと、正平を更衣室へと押しやり、扉をバタンと閉める。正平は困惑した顔のまま、奥へと歩み進んだ。
(とんでもないことになっちゃったな)
先ほどはつい見栄を張り、「泳ぎが得意でない」と答えてしまったが、正平はほとんど泳ぐことができなかった。カナヅチに近いといってもいいほどで、小学生時代から水泳の授業のたびに、恐怖で縮みあがっていたのだ。
まさか泳ぎを見せる展開になろうとは予想だにしなかったため、正平の表情は終始暗くなっていた。
何はともあれ、一度了承してしまった以上、このまま逃げ出すというわけにもいかない。
正平は指定されたロッカーを開けると、バスタオルの上に折り畳まれている水着を手に取った。
「えっ? これを穿くの!?」
まるで子供が着用するような小さな水着。その黒い水着を両手で目の前に掲げた正平は、思わず目を丸くした。
それはスクール水着ではなく、布地面積の少ない競泳水着だった。
サイドやフロント部分が異様に細く、一見するとブーメランのように見える。女性が穿く、ハイレグビキニといっても過言ではなかった。
(こんな小さいの、ほんとに穿けるんだろうか?)
正平はぶつぶつ独り言を呟きながらネクタイを解き、ワイシャツのボタンを外していった。
ズボンとパンツを下ろすと、萎靡したペニスが視界に入る。その根元を見たとたん、正平は美帆のことを思い出し、胸を妖しくざわつかせた。
もし淫らな展開になりそうな兆候があれば、すぐさまトイレに駆けこみ、リボンを外す予定だったのだが、どうやらその必要はなさそうだ。これで必然的に、美帆との約束は行使されることになる。
(考えてみれば、美帆先生との約束を守ることになるんだから、これでよかったのかもしれない)
半分ホッとし、半分はがっくりしながら、正平は水着を足に通していった。
痩せているにもかかわらず、太股の部分で布地が引っかかる。正平は両手に力を込め、一気に引っ張りあげた。
少しでも水の抵抗を抑えるためのデザインなのだろう、水着の生地は肌に吸いつくようにぴっちりとフィットし、腰骨付近に留まったウエスト部がなんとも妙な不安定さを与える。
それ以上に正平にとっては、股間の膨らみが気になった。
ペニスは完全萎靡の状態だったが、それでも十二センチはゆうにあり、これでは普通の男が勃起しているサイズとほとんど変わらない。
水着の前部分はこんもりと盛り上がり、先端は今にも布地を突き破るかのようにツンと突き出ていた。
(こんな格好じゃ、恥ずかしくて出れないよぉ)
視線が、ロッカー内のバスタオルに釘づけになる。正平はタオルを手に取ると腰に巻きつけ、小股でプール場へと戻っていった。
正平の姿を見るや否や、真奈は手の甲を口元に押し当て、クスクスと笑う。
「あなた、お風呂に入るんじゃないのよ」
「す、すいません」
「まあいいわ。じゃ、泳ぐ前に準備体操をするわよ」
真奈の動きに合わせながら、屈伸、アキレス腱伸ばしと念入りに身体をほぐし、いよいよ泳ぎを披露する時間がやってくる。
「さあ、水の中に入って」
「は、はい」
真奈に背中を向け、プールサイドの端までやってくると、正平はようやくバスタオルを腰から取り外し、水の中へと飛びこんだ。
「好きなように泳いでみて」
好きなようにと言われても、クロールぐらいしかできない。
正平は水底を蹴り、手足をばたつかせたが、それはとてもクロールといえるような代物ではなく、単なる犬かきに近い状態だった。しかも身体がまったく前に進まず、傍目から見ると、まるで溺れているように見える。