正平がゴクリと生唾を呑みこみながら目を近づけると、果たして愛理は、先ほどとまったく同じ場所で演舞をしていた。
(ラッキー!)
再びポケットに手を突っ込み、携帯を取り出してカメラモードに切り替える。美帆、真奈に続き、盟朋のマドンナのレオタード写真がコレクションに加わるのだから、このチャンスを指をくわえて見過ごす手はなかった。
リボンがまるで生き物のように翻り、宙に美しい弧を描いていく。それは誰の目から見ても芸術的といえる優美さを湛えていたが、正平の視線はただ愛理の肢体に釘づけになっていた。
胸元から申し訳程度に覗く胸の谷間、ほっそりとしたウエスト、小振りながらも弾力性のあるヒップ。額に汗の粒を浮かべ、首筋からは汗が滴り落ち、真っ白に映えたレオタードは、これはこれでエロチックな印象を醸し出していた。
愛理は元々丸顔だったが、頬の肉も若干削げ落ち、演舞しているその表情は憂いに満ちている。大人の女性が見せる艶っぽさも、今や十分露にしていた。
中学三年生のとき、愛理が交際していた相手と初体験を済ませたという噂も、もしかすると本当なのかもしれない。
(まだまだ青い果実という表現がぴったりだけど、なんか妙に色っぽいや)
液晶画面で確認しながら、正平は何度もシャッターを押しこんだ。
美帆や真奈よりもスリムなせいか、股間の膨らみが小判型にこんもりと盛り上がっている。生まれつき上つきなのか、ここだけは中学時代に盗撮した、アンダースコート越しの形状とまったく変わっていなかった。
レオタードの布地が鼠蹊部にきっちりと喰いこみ、そのVラインがなんとも劣情を催させる。
音楽がストップし、愛理が演舞を止めて、くるりと背中を向けた。
薄布が、臀裂にぴっちりと喰いこんでいる。美帆が見せたように、右手の人差し指でレオタードの喰いこみを直す仕草に、正平はにんまりとした笑みを見せた。
(こりゃ思わぬ拾い物だ!)
およそ二十枚ほどの写真を撮っただろうか。十分満足した正平は携帯を閉じ、すぐさま上への階段を駆け昇っていった。
愛理が視聴覚室に現れたのは、それから十五分後のことだった。
すでに着替えを済ませてきたのか、リボンブラウスにプリーツスカートという出で立ちだった。
この時間帯になると、記念館の四階は閑散とし、生徒の姿はまったくない。
正平は机の上にぼーっと座っていたが、愛理が現れると、緊張の面持ちで床に足を下ろした。
「ごめんね。待たせちゃって」
「ううん、いいよ。別に用事があるわけじゃないし」
愛理の顔は、四時間目の授業が終わったときとまったく変わらなかった。
少しの笑みも見せず、やや眉を上方に吊り上げている。正平は間を置かずに、話を切り出した。
「それで柏木さんの重要な話って何?」
愛理はその質問には即答せず、正平の顔をじっと見ている。やがて意を決したかのように、重い口を開いた。
「江本君って、美帆先生のことをどう思ってるの?」
「え?」
まったく予想だにしなかった問いかけに、正平は唖然とした。
質問の意図がまったくわからなかったが、愛理の真剣な顔を見る限り、その言葉には何か重大な意味が含まれているように思える。
「どう思ってるって、そりゃ担任の先生だもの。大好きだよ」
当たり障りのない答えを返すと、愛理は上目遣いに正平を睨みつけた。
「そういう意味じゃなくて、異性としてどう思ってるかって聞いてるの」
(なんだ、なんだ! どういうことだ?)
正平は返答に困り、思わず口元を歪めた。
誰の目から見ても美帆は魅力的な女性であり、容貌もスタイルも、そして見事なプロポーションも、男なら憧れて当然のことである。
盟朋には正平を含めて、男子生徒が五人しかいなかったが、おそらく他の四人も同じ思いだろう。そればかりか男性教諭にしても、あわよくば彼女と、と考えていても不思議ではない。
正平が無言のままでいると、動揺していると取ったのか、愛理は突然核心をついてきた。
「私、見たんだからね」
「見たって、何を?」
「あなたと美帆先生が、英語講師室で会っているところ」
その言葉を聞いたとたん、正平は頭をトンカチで殴られたような衝撃を受けた。
(まさか! まさか!?)
美帆とはホームルームのあと、ちょうど一時間目の授業中に会っていたはずだ。愛理が目撃しているわけがない。
その疑問に答えるかのように、愛理は言葉を連ねた。
「先週の金曜日よね。あなたと美帆先生が講師室で会っていたの。私、ホームルームが終わったあと、美帆先生に話したいことがあって、教室から出たの。そしたらあなたと美帆先生が一緒に歩いてるでしょ? あなたはホームルームには出てなかったし、おかしいなと思ってあとをつけたの」
「な、なんでそんなことを?」
「当たり前でしょ! 変態のあなたと一緒じゃ、美帆先生が何されるかわからないもの!!」
感情が昂ってきたのか、愛理はこれまでと打って変わり、突然饒舌になる。
正平は返す言葉もなく、激高している愛理の姿を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
「二人が生徒相談室じゃなくて英語講師室に入っていったとき、これはただ事じゃないと感じたの。それでとなりのLL教室に忍びこんだら、ちょうど講師室へ通じる扉がちょっとだけ開いていて……」