「言いづらいんだけど……僕の中学時代のことについて」
そう告げると、愛理はくるっと振り返り、目を吊り上げて正平を睨みつけた。
(か……かわいいなぁ)
愛理の迫力に思わず怯んだ正平だったが、彼女の顔をまじまじと見た瞬間、心の底からそう思った。
二重瞼のぱっちりとした瞳、くるんとカールした長い睫毛、さくらんぼのようにぷっくりと膨れた唇、頬はまるでゆで卵のようにツルツルしており、まさにアイドル顔負けの美少女だった。
愛理とは盟朋での唯一の同じ中学出身であり、正平の初恋の人でもある。二年生のときには同じクラスになれただけだったが、中学時は女神同様の存在で、彼女と交際する夢を何度も見たものだった。
あの事件が発覚するまでは……。
正平の脳裏に過去の記憶が甦る。朝からどんよりとした厚い雲がたれ込めた、ある夏の日のことだった。
正平は小学生のときから苛められっ子であり、それは中学に入学してからもまったく変わらなかった。
元々ひ弱で内向的な性格ということもあったのだが、苛めのきっかけは小学校での修学旅行先、入浴の時間で起こった。
今でこそ身長は一六〇センチを超えているが、当時の正平は一五〇センチそこそこで、身体はえんぴつのように細かった。
浴室に入った瞬間、クラスメートたちの視線が、一斉に股間へ注がれたことをはっきり覚えている。
小さな身体とは、あまりにも不釣り合いな大きなペニス。もちろん正平にはその自覚はなく、みんな同程度のサイズだと思っていた。だが他の男子たちと比べても、正平の陰茎は明らかに二倍近く大きい。
その頃から「デカちん」というあだ名をつけられ、それが中学に入って苛められるきっかけとなってしまったのである。
性に目覚めた頃から、正平の異性に対する興味は留まることを知らず、日に二回も三回もオナニーすることが日課となっていた。
一回だけの射精では十分な満足感が得られず、しばらく経つと手が股間に伸びてしまう。それと同時に陰茎の長さや太さも成長し、さらにそれが大きなコンプレックスにもなっていた。
正平が夢中になったのは、中学時代でも圧倒的に男子から人気のあった愛理。いつしか彼女はマドンナ的存在と化し、彼女との淫らなシーンを脳裏に描いては何度もオナニーを繰り返した。
もちろん告白はおろか、ラブレターなどを書く度胸もない。彼女に対する思いは、盗撮という屈折した方向へと向けられた。
中学時代の愛理はテニス部に所属していたが、テニスコートが見える教室から、または校舎の陰から、何度も彼女の姿を写真に収めた。
今思えばテニスルックの格好は、それほど過激なものではなかったが、初めて手にした異性の生写真に、どれほど昂奮したことだろう。
だがそんな正平を、悪夢ともいえる出来事が待ち受けていたのである。
正平を率先して苛めていたグループのリーダーは、幼馴染みでもある村木という男子で、性格的に裏表のある意地の悪い男だった。
校内ではボス気取りで正平を子分扱い、校外だと仲のいい友達を装い、家にも遊びにくる。そして彼もまた、愛理に淡い思いを抱いていた一人だった。
本来なら友達つき合いをやめてしまえばいいのだが、正平は元来気の弱い性格であり、とても攻撃的な性格の村木に自分の意見を言うことはできなかった。
村木は家に遊びに来たとき、正平が席を外している間に、パソコンを無断で使用し、愛理の盗撮写真を見てしまったのである。
口止め代わりの彼の要求は、愛理が着替え中の更衣室を正平に覗かせることだった。
彼の目的が、明らかに面白半分と嫉妬混じりであることはわかっていた。だが正平は言われるがまま翌日の体育の時間終了後、女子更衣室の裏へ回り、窓を微かに開けてその隙間から覗きこんだ。
あのときの、絹を引き裂くような女子たちの悲鳴は、はっきりと覚えている。
窓を開けた瞬間、側にいた女生徒とすぐさま目が合ってしまったので、ほとんど覗きをしたということにはならない。
しかも肝心の愛理は上の体操着を脱ごうと手をかけたところで、下着姿さえ見ることができず、そのうえ「きゃあ」という女生徒の悲鳴に対し、「ごめんなさい」とわざわざ謝って窓を閉めたのだから、なんとも間の抜けた話だった。
そのあとは職員室で担任にこってりと絞られたのだが、もちろん覗きをした理由は話せない。
結局正平は、怒り心頭の女生徒たちから無視を受け続け、男子生徒からは「変態デカちん」の新たな称号を授けられたまま卒業を迎えてしまったのである。
正平が片道一時間半の盟朋に入学した一番の理由は、同じ中学出身の生徒がいないだろうと判断したことだった。
それだけに、入学式で愛理の姿を見かけたときは、心臓が止まる思いだった。これでは中学時代の苦い経験を払拭しようと、越境入学した意味がない。
しかも愛理とは再び同じクラスになったのだから、入学当初の正平は、いつ彼女にバラされるのではないかと、針の筵状態だった。
美帆と真奈の姿を盗撮する決心がなかなかつかなかったのも、そういう裏事情があったからである。
愛理は相も変わらず、厳しい視線を送ってくる。
正平が躊躇いがちに口を開いた瞬間、先手を打って彼女のほうから言葉を投げかけてきた。