正平は、開いた口が塞がらなかった。
まさか愛理が正平のあとをつけ、しかもあの窓から覗きまでしていたとは。
正平と真奈が寄り添っていた位置は、窓のあるプールサイドとはまったくの逆方向で、かなりの距離がある。それでも二人がただならぬ行為に耽っていたことは、間違いなく確認できただろう。
まるで中学時代の立場が入れ替わったようだった。
愛理のお尻を追っかけていた自分が、今度は逆に見張られる立場になろうとは。
「美帆先生との約束の日、会わないで。お願い」
愛理は小首を傾げ、今度は泣き落としで迫ってくる。
正平は苦渋に顔を歪めた。
美帆との約束は正平にとって、今一番の楽しみでもある。もちろん、これからバラ色の学園生活を送れるかどうかにも関わってくる。
正平が無言のまま立ち尽くしていると、愛理はまたもや憤然とした顔つきへと変わった。
「いいわ。それだったら、あなたが真奈先生と会っていたこと、美帆先生に話すから! ううん、中学時代に女子の更衣室を覗いたことも、盗撮マニアの変態だってことも、みんなに言いふらしてあげる」
「そ、そんな!」
正平は、額から大量の脂汗を滴らせた。
これではまるで脅迫と同じである。優等生の愛理らしくない激情ぶりだ。
中学時代の悪夢が甦り、正平は激しく取り乱した。
「ちょっと待ってよ」
「もう何も聞かない!」
そのまま視聴覚室を後にしようとする愛理の前に立ちはだかり、正平は思わず膝を床につけた。
こうなったら恥も外聞もない。もし中学時代の噂を流されたら、美帆や真奈はおろか、女生徒たちの態度も豹変してしまうだろう。
異性から無視され続けた中学時代の辛さを振り返れば、あんな苦痛は二度と味わいたくない。
正平は頭を垂れ、土下座状態で額を床に擦りつけた。
「お願い! なんでも言うこと聞くから、それだけは勘弁して」
「美帆先生と会わないって約束する?」
「します! 美帆先生とは二人きりで絶対会いません!」
もちろんそんな気は毛頭なかったが、この場はなんとか丸く収めたい。今の正平は必死だった。
「でも……相手があなたじゃ、やっぱり信用できないわ」
「信じて。美帆先生との約束の日だって、本当は最初から行く気はないんだ。あの講師室の出来事だって、いやいやだったんだから」
「いやいやだった?」
愛理は一転、侮蔑の眼差しで正平を見据える。
「あなたの顔だけは、よく見えていたんだから! 何よ、最初から最後までだらしなく鼻の下を伸ばしちゃって。あんな顔で更衣室も覗いていたのかと思うと、ゾッとするわ!」
やはり愛理は、美帆から受けた行為を一部始終覗いていたようだ。
猛烈な羞恥とともに、あきらめに近い思いが心を占有する。今の正平は、ただ愛理のご機嫌取りに徹することしかなす術がなかった。
「お願い。柏木さんとの約束は絶対に守るから、誰にも言わないで」
愛理は、正平の本心を探るような視線を向けてくる。そして何かを思いついたのか、突然見下すような笑みを浮かべながら言い放った。
「なんでも言うこと聞くって言ったわね。それじゃ、ズボン脱いでみて」
「へ?」
正平は唖然とした表情で、愛理を見上げた。
学園一の美少女が、盟朋のマドンナが、とても口にするとは思えないセリフだ。いったいズボンを下ろさせて、何をしようというのか。
だがその疑問は、次の愛理の言葉ですぐさま氷解した。
「江本君、美帆先生にリボンつけられてたでしょ? 私の位置からは先生の身体が邪魔になってよく見えなかったんだけど、そんなこと言ってたじゃない」
正平はLL教室へ通じる扉、美帆、そして自身の位置関係を思い出していた。確かに美帆は、終始正平の身体を隠すような場所にいたはずだ。
愛理の位置から、正平の股間までははっきりと見えなかったのかもしれない。
今、正平は愛理の目的をしっかりと認識できていた。
美帆が結んだリボンは緩く、いつでも簡単に取り外すことができる。
本当に「最初から行く気がなかった」のなら、とっくに外しているはず。愛理はそう考えたに違いない。
彼女は正平の決意が信頼できるものか否か、自身の目で確かめたいのだ。
(まずいこと言っちゃったな)
美帆との会話を聞かれてしまった以上、もはやおとぼけは通用しないだろう。
「ど、どうしても見せなきゃダメ?」
「ダメっ!」
「じゃ見せたら、中学時代のことは誰にも言わないでくれる?」
「約束するわ」
「美帆先生にもだよ」
「早くしなさいよ! あなたには、条件をつけてくる資格なんてないんだから!!」
いらいらしてきたのか、またもや激しい怒りが込みあげてきたのか、愛理は顔を真っ赤にさせている。
正平は肩をがっくりと落とした。
こうなったら、もうなるようになるしかない。このまま話し合いを続けていても平行線、無駄な時間が過ぎていくばかりだ。
正平はゆっくり立ちあがると、学園一の美少女の見つめる中、ズボンのベルトに手をかけた。
3
愛理の前面に立った正平は、ウエストの留め金を外し、ズボンのチャックを下ろしていった。
年上の女性ならまだしも、相手が同い年の女の子、しかも初恋の人とあっては平然としていられるわけもない。正平の顔は、激しい羞恥から赤く火照っていた。
愛理は腕組みをしながら、正平の一挙手一投足を注視している。ペニスの根元に括りつけられたリボンを見たら、彼女はいったいどんな顔をするのだろう。