亜季がブランコからジャンプして立ち上がると、軽くカールしたロングヘアーがふわりと揺れた。いつもはポニーテールに結んだ髪を下ろしているせいで、普段よりもぐっと大人びて見える。
「どうかしたの? 突然呼び出したりして」
「ううん、塾だったんだけど、終わったら、なんだかトシくんに会いたくなっちゃって。ねぇ、時間大丈夫だよね。ちょっとお話しない?」
「うん、そんなに遅くはなれないけど……」
正直、さっきのまみの件のショックが尾を引いていて、あまり乗り気とは言えなかった。
けれども、家でひとり、後悔と恥ずかしさとの自己嫌悪にのたうち回るよりは、誰かと話していたほうが、気も紛れるかもしれないと思って出てきてみたが、やはり正解だった。亜季の明るい笑顔に、心が少し晴れる。
自動販売機でジュースを買うと、隅に据えつけられたベンチに並んで腰を下ろした。
昼間の暑さはどこへいってしまったのか肌寒い。しっとりと濡れた夜気が身体にべったりと張り付くようだ。
「はーぁ、嬉しいなぁ。こんなふうにトシくんと公園でおしゃべりできるなんて」
「そ、そうかな」
「そうだよ! 学校じゃ、あんまり話してくれないじゃん! いつもそっけなくって寂しいなぁって思ってたんだからぁ」
亜季はつん、と可愛らしい唇をとがらせると、腰を浮かせて寿治との距離を詰めた。ざっくりと大きく開いた胸元から、思春期の少女独特の甘酸っぱい汗の匂いがぷんと香る。
「え、ぼく、そっけないかな。そんなつもりはないんだけど……」
確かに亜季が積極的に話しかけてくれているのはわかっているが、腕を組まれたり、身体を押し付けられたりと、そのスキンシップがあまりに大胆で、クラスメイトの前では気恥ずかしく、自然と避けてしまっているところもあった。
「まみちゃんとは仲がいいのに、亜季にはそっけないよ。ねぇ、亜季のこと、嫌い?嫌いだったら嫌いって言ってもいいよ」
亜季は寿治のほうへと向き直ると、覚悟を決めるように膝の上に手をそろえて居住まいを直した。
「いや……嫌いとかじゃないし……」
「じゃあ、亜季のこと、どう思ってる?」
「えっ? どうって……そりゃ、可愛いなぁって」
「うっわぁ! 嬉しい!! トシくんは亜季のこと、そんなふうに思っててくれたんだ!?」
亜季は腕を伸ばすと、喜びを身体全体で表すように寿治に抱きついてきた。
両腕ですっぽりと身体を包み込まれ、さっきよりも強く汗の匂いが漂ってくる。汗といっても決して嫌な匂いではなく、もっと嗅いでいたいと思わせるようなフェロモン交じりの汗だ。
急に、この広い公園で少女とふたりっきりという事実に思い当たって胸がどくんと鳴った。
「あ……あの、亜季ちゃん、そろそろ……」
もともとボディタッチが好きな亜季だ。
学校で皆が見ている前で腕を組まれるのも困ってしまうが、夜の公園で抱きつかれるのも、別の意味でまずい。
(ううっ……おっぱいが……完全に当たってるんだけど……)
柔らかなニット越しに少女のバストが寿治の胸板に押し付けられ、ぷにぷにとたわんでいた。
(やっぱり……噂通り、デカい……かも)
亜季はクラスでも一位、二位を争う巨乳だとクラスの口さがない男子たちにはよく噂されている。寿治もプールの授業中に、こっそりとスクール水着に包まれたグラマラスな肢体を盗み見ては、股間を熱くしていた。
「……ねぇ、トシくん、わたし、いいよ」
亜季は寿治の首に両手をかけたまま、身体を離すと上目遣いに見上げた。はにかんだ微笑を浮かべながらも、長い睫に彩られた目には真剣な色が浮かんでいる。
「えっ!? いいって……何が?」
「……だから……キスしてもいいよって言ってるの」
「えっ! キスって!?」
驚きにすっとんきょうな声をあげる寿治に、亜季がちゅっとくちづけた。ぷにっとした柔らかな唇が、寿治の唇に触れてすぐに離れる。
「うわぁ……キスしちゃったぁっ」
自分からしてきたくせに、亜季は唇を離すと顔を真っ赤に染めた。
「……すっごい……恥ずかしいかも……ねぇ、亜季、キスなんてしたの、今が初めてだよ」
亜季は寿治の額に自分の額をこつんとぶつけると、照れた素振りでまるでトマトのように顔を真っ赤にして言った。
「えっ……あっ……そっ、そうなんだ」
「うん。でも、トシくんとしたかったの。ね、迷惑だった?」
額をつけたまま、鼻先すぐの近さに亜季の顔があった。
暗いとはいえ、ここまで近づけば表情ははっきりとわかる。不安に揺れる瞳、ほうっと上気した頬、半開きに開いた唇──亜季は驚くほどに可愛らしかった。
「め、迷惑なんかじゃないよっ!」
「……よかったぁ」
緊張が解けたのか、亜季は寿治の首に手を回したまま、下を向いて胸を撫で下ろすように大きなため息をついた。そして再び顔をあげると、もう一度、寿治の唇に自分の唇を寄せる。ぷにりと柔らかな感触が唇に当たった。
今度はさっきよりも長めのキスだった。重ねていると、やがて唇がしっとりと湿ってきて、密着度があがっていく。
(亜季ちゃん、本当にぼくのことが……好きなんだ……)
一生懸命勇気を出して、自らのファーストキスを捧げてくれた少女を愛おしく思いながら舌を挿し込むと、舌先に亜季の熱を感じた。