「……助かるかも。本当に、こういうの苦手で」
まみが恥ずかしそうに肩をすくめて言った。いつもは完璧な優等生の困った顔は妙に可愛くて、胸がどきんと騒いでしまう。
「いいよ、じゃあ、ぼくがやるよ。これ、色とか使ってもいいんだよね」
「うん、パネルの大きさは決まってるけど、中身は自由」
「じゃあ、十二色マーカーがあるから、もっと目立つようにしようか」
机の横に掛けた美術用品をまとめた袋の中から、緑色のマーカーを取り出すと、パネルの文字を強調するようになぞる。
「ありがとう、本当に助かる」
まみが身体を寄せてパネルを覗き込んだ。
「いや、ぼく、これくらいしか取り得がないからさ」
パネル制作について、ああだこうだと意見を交換しあううちに、さっきまでの気まずさはなくなり、パネルが完成に近づく頃には、すっかりと打ち解けていた。
(思いきって、手伝いを申し出て、よかったな……)
久しぶりに過ごすまみとの甘やかな時間を楽しんでいると、まみがためらうように言い淀みながら、寿治を上目遣いで見上げて言った。
「あの……あの……ね。山川くん」
「ん、どうかした?」
振り返ると、まみと視線が絡み合った。その頬はほんのりと紅く、迷いを示すように唇に白い歯がきゅっと食い込んでいる。
「あの……あの日のこと。急なことでビックリしちゃって……でも……」
「え? あ……」
まさかまみから、あの日のことを持ち出されるとは思っていなかった。ひやりと背筋が冷たくなって、心臓がバクバクと跳ねる。
「……ううん、やっぱ……いいや」
しかし、まみは、おずおずと寿治の顔を見た後、小さく首を横に振って黙りこくってしまった。
「ど、どうしたの、景井さん。でもって……」
「ううん、なんでもないんだ。ごめんね」
続きが聞きたい。けれど、まみは首を小さく横に振ると、無理につくったような笑顔を浮かべた。
(なんだろう、何を言いかけてやめたんだろう)
しかし、まみは唇をきっと結んで、これ以上、何も話してくれそうにない。
(気になる……なぁ)
軽蔑した、とか、嫌いになった、とかそういうことだろうか。
しかし、それにしては、寿治に相談しながらパネルの文字を色ペンで縁取るまみの様子は楽しそうだし、時折肩が触れるのも気にしている様子もない。
(ぼくのことが大嫌だったら、こうしてふたりきりになったりしてくれないよな……)
まだ寿治には傷つく準備はできていない。だから、発言の先を問い質す勇気もない。けれど──。
(でも……ずっと話してさえくれなかった景井さんと、仲直りできてよかった……)
心が浮き立つのは、文化祭前日の夜だからじゃない。まみとの距離が以前みたいに戻ったおかげだった。
第四章 十二月 イブは忍び込んだ教室で 優等生の破瓜
チキン竜田弁当にするか、からあげ弁当にするか、それともいっそ駅前まで足を伸ばしてファーストフード店でフライドチキンを買うか。
(どっちにしても侘しいよなぁ……)
明日は日曜日ということで、例年よりも一日早く終業式を迎えた今日、十二月二十四日。どうせ駅前はクリスマスムード一色で、ジングルベルが鳴り響くなか、カップルたちが幸せそうに行き交っていることだろう。チキンを買いに行くにも、そんな中にひとりで紛れるのは、さすがに寂しく思える。
(家族で過ごさないといけないっていうんだから、まぁ仕方ないけど)
亜季の家では毎年、クリスマスイブは、家族で食事を取る決まりだそうで、今夜は会えないとあらかじめ断られていた。
それでも、なんとか抜け出して会いに行くから待っていてくれと言われてはいるが、何時になるのか、本当に会えるのか、まるで当てにならない。
(本当に一緒に過ごしたいのは……あのコなんだけど……)
文化祭前日の夜、パネル作りを手伝ったのをきっかけに、まみとの関係は修復され、普通に話せるように戻った。
それだけでなく、幾たびかは、まみの家での夕食に呼ばれたり、朝、マンションの下で偶然に会うと、一緒に登校することもあった。
元通りと言えば元通りと言えるけれども、亜季のことを気にしてか、あの日のことを話すのは、ふたりの間でなんとなくタブーとなっていて、ただの『親しい友達』という付き合いを続けているに至る。
絵里子に言われた通りに、きちんと亜季と別れてから、まみに告白をすれば、それ以上の関係になれるのかもしれない。ふと視線が絡み合う瞬間や、偶然に手が触れた瞬間、目を伏せて睫を揺らすまみを見て、ふとそう思うことがある。
けれども、寿治には物事をはっきりとさせる勇気はなく、ただ、時折、一度だけしたキス、一度だけ触れた胸の感触を思い出しては悶々としているだけだ。
(ぼくって情けないよなぁ……)
そんなことを思っていたら、ますます落ち込んできてしまった。オマケに腹も鳴っている。
(からあげ弁当でいいか……)
駅前まで行く元気も出せずにコンビニに行くことにして部屋を出た。
「あれ、山川くん、どこか出かけるところ?」
マンションのエントランスから自転車置き場へ回ろうとしていると、中年女性から声をかけられた。首元にファーのついたモカ色のコートに、茶色いロングブーツ姿で、隣には女性と同年代くらいの男性が寄り添っている。