新妻【贖罪】 私は牝になる

「明日は少し早く帰れると思うよ。じゃ、おやすみ」

晃司はダブルベッドに横になると、すぐに眠ろうとする。追突事故を起こしてから心休まるときがないのだろう。今夜はとくに疲労が蓄積している様子だ。

しかし、いつもならすぐにスタンドの明かりを消す美帆だが、今日はモジモジしながら上目遣いに夫の横顔を見つめていた。

(ああ、いやだわ、私……こんなことって……)

悲しみを引きずりながらも、酒井に責められたお尻の穴が疼いて仕方がない。アナルパールの怪しい感触が、今でもはっきりと肛門に残っていた。

排泄器官をジクジクさせる陵辱の名残が、中年男にイカされた事実を思い起こさせる。屈辱の記憶と肛門の妖しい疼きが相まって、穢された身体を愛する夫に清めてもらいたいという欲求が湧きあがる。

──夫とのセックスで昇りつめたい。

胸のうちは罪悪感でいっぱいだが湧きあがる衝動を抑えられない。美帆はためらいながらも晃司にそっと身を寄せると、男らしい肩にちょこんと額を押し当てた。

「美帆……どうしたんだい?」

疲れきっている晃司は、驚いたように顔を覗きこんでくる。美帆は無言のまま、頬を染めてうつむいた。女から求めるのは、はしたないことだと思っている。そんな新妻にとって、これが精いっぱいの意思表示だった。

羞恥に満ちた儚い願いは、やさしい夫の胸にしっかりと届いていた。

「愛してるよ……美帆」

「晃司さん……うンンっ」

唇の表面がそっと触れるだけのやさしい口づけ。パジャマの前をはだけられて、期待に胸が高鳴っていく。

軽く乳房を揉まれてから、晃司がコンドームを装着する。一戸建てを購入する夢を実現するまでは、子供を作らないと決めていた。

夫との久しぶりのセックス──。

最後にしたのは事故を起こす前だから、十日くらいは経っている。スタンドの明かりを消すのも忘れるくらい求めていた。それなのに夫が入ってきた瞬間、なにか違うと思ってしまう。

「あ、あなた……はああンっ」

「美帆……美帆っ……うううっ」

いつものように二、三回腰を振ると、晃司は呆気なく射精した。

「え? ……」

期待していた快感を得ることができず、なおさら焦燥感が募っていく。これまでは満足できていたのに、今夜は物足りなさを感じていた。ティッシュで股間を拭う指先に、必要以上の力がこもってしまう。

それなのに、コンドームの処理を終えた夫は早くも鼾をかいて眠っていた。

(晃司さん……ひどいわ……)

オナニーの経験がない美帆は火照った身体を持て余し、明け方まで何度も寝返りを打ち続けた。

第四章 招かれざる客

火曜日の夕方、美帆は晩ご飯の支度をしていた。

キッチンは対面カウンター式なので、ひと目でリビングが見渡せる。カウンターのすぐ隣には食卓があり、その向こうにソファーセットが配置されていた。

(あのソファーで……私……)

ふとした拍子に屈辱の記憶がフラッシュバックする。

今朝、夫を会社に送りだしてから、ビクビクしながら一日を過ごした。幸いなにも起こらなかったが、明日も安全とは限らない。この数日間のおぞましい出来事が脳裏をよぎり、またしても溜め息が溢れてしまう。

夫の前では気を張って平静を装っていた。その反動だろうか、一人になると余計に気持ちが落ちこんでいく。でも、苦しんでいるのは自分だけではない。なにもできないけれど、少しでも愛する人の力になりたいと心から願っていた。

ふとキャベツを千切りする手を休めて、リビングの壁にかかっている時計に視線を向ける。そろそろ晃司が帰ってくる時間だった。

明日は出張で一泊しなければならないので、早めに仕事を片づけて帰宅すると言っていた。綾乃夫人のお見舞いも、今日はお休みにするのかもしれない。

今夜は久しぶりに夫婦水入らずでのんびりしようと思う。その後で抱いてもらえたら、などと密かに期待もしていた。

美帆が身に纏っているのは、夫からのバースデープレゼントであるフリルが可愛い水色のブラウスと白いフレアスカート。お出かけでもないのに、ちょっぴりオシャレをしているのは女心の表れだ。

夕食のメニューは晃司の好きなエビフライだ。手作りのタルタルソースを添えて食卓に並べれば、ご機嫌になること間違いない。仕事で疲れて帰ってくる夫を、笑顔と手料理で迎えるのは妻の務めだと思う。

調理を再開しようとしたとき、インターフォンのチャイムが響き渡った。自然と笑みが浮かび、恋する少女のように浮かれて小走りに玄関へと向かう。

「あなた、お帰りなさい。早かった──」

声をかけながら玄関ドアを開けた途端、美帆は双眸を見開いて固まった。

「ただいま。あんまり早くて驚いたかい?」

すぐ目の前で、晃司が軽く右手をあげて微笑んでいる。しかし、紺色のスーツの肩越しに、なぜか酒井夫婦の姿が見えていた。

饐えた匂いの漂う黄色いポロシャツに薄汚れたスラックス。その服装と禿げあがった頭頂部を見ただけで、胸焼けしたように気分が悪くなる。

「えっと、こちら酒井さん。覚えてるかい? この部屋を貸してくれた不動産屋さんだよ。たまたまマンションの前で会ったんだ」

少々鈍いところのある晃司は、自分の妻がレイプされたなどとは微塵も思っていない。事故のことには一切触れずに、少し早口になりながら説明する。