硬直した身体に二度三度と痙攣が走り抜けると、急に脱力してその場にくずおれそうになる。すかさず酒井が腰を抱いたことで危機をまぬがれたが、倒れていたら晃司に気づかれていたところだった。
「ハァ……ハァ……ハァ……う、嘘……私……」
夫が目の前にいるのに、好きでもない男の指で昇らされてしまうなんて……。
背徳感にまみれている新妻の耳もとで、中年男が不気味な低い声でねっとりと囁きかけてくる。
「奥さん、タルタルソースを作りましょうか。キッチンから出るのは、もう一度イッてからになりそうですねぇ」
美帆は恥辱の涙を目尻に滲ませて、哀しげに睫毛を伏せていく。しかし、トロトロに蕩けた媚肉は、無意識のうちに中年男のごつい指を締めつけていた。
数分後──。
カウンターのすぐ隣にある食卓には、少し揚げすぎたエビフライと付け合わせのキャベツが乗ったお皿が並んでいた。
「まあ、美味しそう。タルタルソースは手作りね。お若いのに感心だわ。美帆さんは本当にお料理が得意なのね」
斜め向かいの椅子に座った綾乃が、にっこり微笑みかけてくる。しかし、美帆はぎこちない笑みを浮かべて頷くことしかできなかった。
タルタルソースを作りながら、二度目の絶頂を味わわされた。酒井の指は憎らしいほど的確に性感帯を刺激して、為す術もなく昇らされてしまった。
まだ下腹部の奥で愉悦の残り火が燻っている。頭のなかにはピンク色の靄がかかっており、視界もぼんやりと潤んでいた。
(晃司さんの前だというのに……私、二度も……)
溢れそうになる涙を懸命にこらえる美帆だが、隣の夫は妻の悲しみにまったく気づいていない。それどころか、真正面に座っている艶やかな美熟女との会話に華を咲かせていた。
「このタルタルソースが絶品なんです。奥様、ぜひ召しあがってください」
「フフッ。藍沢さんたら、まるでご自分が作ったみたい」
「まいったなぁ。でも本当に美味しいんですよ。温かいうちにどうぞ。あ、ビールでもお持ちしましょうか?」
綾乃は適当にあしらっている感じだが、晃司のほうは色香に惑わされているようにも見える。そそくさとビールを取りにいく姿は、もはや事故の謝罪などではなく、単純に好意を抱いているかのようだった。
(もう……晃司さんたら、奥様とばかりしゃべって……)
楽しそうに話す二人を横目に、美帆は嫉妬にも似た感情が湧きあがってくるのを感じていた。胸の奥に漠然とした不安が生じて、なおのこと悲しくなってしまう。
晃司が四つのグラスにビールを注ぎ、ようやく食事がはじまった。
「じつに美味いですな。ほっぺたが落ちそうですよ」
目の前に腰かけている酒井が、顔を覗きこむようにして話しかけてくる。愛想がいいフリをしているが、その口もとには狡猾そうな笑みが浮かんでいた。
「奥さん、どうされたんですか? あまり食が進んでいないようですけど」
汗の匂いを嗅がされているだけでも気分が悪くなるのに、あんないやらしいことをされて食欲などあるはずがない。それでも夫に知られるのが恐ろしくて、当たり障りのない返事を探してしまう。
「ダイエットをしてるんです。だから──うっ」
思わずもれそうになった声を慌てて呑みこみ、恨みっぽい瞳を酒井に向けた。なんと食卓の下で足を伸ばして、膝を無理やりこじ開けてきたのだ。
(や、やめてください……隣に夫がいるんですよ)
怯えた瞳で抗議するが、この男が願いを聞き入れてくれるはずもない。唇のまわりをペロリと舐めまわし、臆する様子もなく大胆に足を伸ばしてくる。
「ダイエットなんて必要ないでしょう。最高のプロポーションだと思いますよ」
酒井のお世辞になど反応する余裕はない。ザラつく靴下の爪先が内腿をジリジリと這い進み、ついにはストッキングとパンティ越しに秘部を圧迫されてしまう。
「ンふっ……」
こらえきれずに小さな声がもれて、華奢な肩がピクリと跳ねた。さすがに晃司も異変に気づき、心配そうに声をかけてくる。
「美帆、どうかしたのかい?」
「あ……ちょっと、喉に詰まってしまって……」
まったくの口から出まかせだった。酒井に付きまとわれるようになってから、嘘を吐くことに躊躇がなくなっていく。そんな自分が嫌だったが、夫との生活を守るためには避けられないことだった。
「これを飲んだらいいよ。ほら、ゆっくりだよ」
晃司はビールがなみなみと注がれたグラスを手渡してくれた。
お酒はあまり強くないが、夫の好意を無駄にはできない。それに、つらい現実を忘れたいという思いもあったのだろうか。美帆は渡されたグラスのビールを、ひと息に飲み干していた。
「はぁ……」
小さな溜め息を吐いたときには、すでに頬が上気しているのがわかった。
「……大丈夫かい?」
喉の詰まりのことを言っているのか、それともビールを一気飲みしたことを言っているのか。いずれにせよ、夫に心配されているのが嬉しかった。
「もう大丈夫です。お騒がせして、すみません」
いつしか中年男の爪先が股間から離れていたこともあり、自然な感じで言葉を発することができた。
「明日からの出張が心配になってきたよ」
「ほお、旦那さんは出張ですか。お忙しいのですねぇ」
酒井の目が妖しく光ったのだが、翻弄されている美帆が気づくはずもなかった。