新妻【贖罪】 私は牝になる

「あっ……お、お待ちください。すぐにお茶を淹れますから」

美帆は踵を返そうとする酒井を慌てて引き留めた。

夫が留守のときに男の人を家にあげるのは気が引けるが、見ず知らずの相手ではない。とにかく会社に事故のことが知られたら困るし、酒井に対しても誠心誠意謝罪する必要があると思った。

「突然お邪魔したらご迷惑でしょう。それよりも旦那さんに連絡を──」

「酒井さん、待ってください。少しだけでも……お願いします」

必死に懇願すると、酒井は渋々といった感じで玄関に足を踏み入れた。

ひとまずホッと胸を撫でおろす新妻の隣で、中年男が肥満体を揺すりながら靴を脱いでいく。その脂肪で弛んだ横顔には、なぜか薄い笑みが浮かんでいた。

「どうぞ、おかけになってお待ちください」

リビングに案内すると、美帆は丁重にソファーを勧めた。

ベージュの本革製ソファーセットは、父親が結婚祝いにプレゼントしてくれたものだ。十二畳のリビングには少々立派すぎる、三人掛けと二人掛けの大きなソファーが配置されていた。

「奥さん、本当にお邪魔してよろしいんですか?」

酒井は額の汗を手の甲で拭い、唇の端を妖しく吊りあげた。

明らかになにかを企んでいる様子だが、すっかり動揺している美帆は気づくことができない。お茶の準備をするために、急いでキッチンへ向かってしまう。

(私がなんとかしないと……)

事故の件が公になったら夫の仕事に支障が出る。とにかく心からお詫びをして、穏便に済ませてもらうよう頼むしかない。

ティーカップを載せたトレーを持ち、緊張した面持ちでリビングへ戻った。すると中年太りの大男は、三人掛けソファーにどっかりと腰をおろしていた。

「すみません、紅茶しかなくて……」

絨毯に両膝をつき、ガラスのローテーブルにティーカップをそっと置く。そして正座をしたまま深々と頭をさげる。

「この度は、主人がご迷惑をおかけして、本当に申し訳──」

「ああ、いけません。そんなに謝らなくても結構ですよ。さ、奥さんも座ってください。これでは話もできないじゃないですか」

酒井は鷹揚な態度で声をかけてくると、自分が腰かけているソファーの左隣をポンポンと軽く叩いた。

「はい……それでは、失礼いたします」

うながされた美帆は躊躇しながらもゆっくりと立ちあがる。そして、遠慮がちに男の横にそっと腰をおろした。

「まあまあ、そう硬くならずに」

顔を覗きこまれて無意識のうちに視線をそらしていく。と、そのとき、なれなれしく肩に手をまわされて、思わず「え?」と小さな声がもれてしまう。

「どうなさったんですか? ずいぶん緊張してるみたいじゃないですか」

酒井は悪びれる様子もなく、片頬に卑猥な笑みを浮かべていた。

その粘りつくような声が不快でならない。ねっとりと肩を撫でまわされて、なんともいえない嫌悪感がこみあげる。中年男の汗の匂いが、嫌でも鼻腔に流れこむ。うなじの産毛がゾゾッと逆立ち、思わず首を竦めて身を硬くした。

「て、手を……離していただけますか?」

機嫌を損ねないように、やんわりと拒絶の言葉を口にする。すると酒井は三角巾をはずして、両手でがっしりと抱き締めてくるではないか。

「きゃっ! な、なにをするんですか?」

さすがに身の危険を感じて、反射的にぶ厚い胸板を押し返す。だが、男は微動だにせず、怪我をしているはずの右腕にますます力をこめてくる。こうなってしまっては、お嬢様育ちの美帆が敵うはずもなかった。

「奥さん、ちょっと失礼しますよ」

「え? ああっ、やめてください……酒井さんっ」

そのままソファーに押し倒されて、無理やりうつ伏せに転がされる。そして間髪入れずに両腕を背後に捻りあげられ、三角巾で手首を縛られてしまう。

「な、なにを──あぅっ、痛い、やっ……いやです」

男の力が緩んだ隙にあお向けになり、ソファーの上をジリジリと後ずさる。しかし、腹部にまたがられると、あっさり身動きを封じられてしまった。

「さてと、示談の件についてゆっくりご相談しましょうか」

中年男の目が妖しい光を放ちはじめる。化けの皮が剥がれて、下劣な本性が明らかになろうとしていた。

(なにが起こってるの? どうしてこんなことに……ああ、晃司さん……)

愛する夫の顔を思い浮かべた途端、双眸に涙が滲んで溢れそうになる。

自宅のリビングで襲われるなんて信じられない。両手の自由を奪われて、これまでに感じたことのない恐怖がこみあげていた。

「おや? 胸が苦しそうですね。少し服をゆるめてあげましょう」

酒井はギラつく目で身体をねめまわしてくると、ワンピースの襟もとに手を伸ばしてボタンを上から順にはずそうとする。

「い、いやです、やめてください!」

必死に身を捩るが、後ろ手に拘束された状態で腹部に体重をかけられたら、それだけで抵抗できなくなってしまう。

「ううっ……苦しい……息が……」

「すぐ楽にしてあげますよ。ほおら、胸が軽くなってきたでしょう?」

あっという間に胸の下までボタンをはずされ、なめらかで染みひとつない肌と、純白レースのブラジャーが露出する。

「これは素晴らしい。このリッチな下着はフランス製ですかな?」

ハーフカップブラに支えられた乳房は見事な谷間を形作り、牡を誘うような扇情的な曲線を描きだしている。まるでミルクを溶かしこんだように白い乳肉が、身を捩るたび柔らかく波打つ様が悩ましい。