新妻【贖罪】 私は牝になる

必死に背けた横顔は清楚な新妻そのものだが、ブラジャーからこぼれ落ちそうになっている乳房は垂涎モノの成熟度合いを示していた。

「や……うむぅっ、やめて……ください……」

「おっと、これは失礼しました。私が乗ってるから息ができないんですね」

酒井が少し腰を浮かせたことで呼吸が楽になった。途端に激烈な羞恥がこみあげて頬が赤く染まっていく。

「い、いや……いやです、見ないでください」

夫以外の異性に下着姿を見られるのは初めての経験だ。たまらず肩を竦めて懇願するが、中年男は聞く耳をもたずに卑猥な視線を這いまわらせてくる。

「奥さんみたいな美人がこんな色っぽいブラジャーを着けてると、ご主人はさぞ喜ぶでしょうなぁ。夜の生活も、かなり激しいんじゃないですか?」

「な、なにを仰っているのか……ああ、放してください」

今日に限って、なぜ一番大切な下着を選んでしまったのだろう。後悔の念がこみあげるが、今さらどうすることもできない。

じつは美帆が身に着けている下着は、夫からプレゼントされたものだった。

──欧米では妻に下着をプレゼントするのは普通らしいよ。

ある日、帰宅した夫が照れながら小さな包みを渡してくれた。下着売り場で真っ赤になって選んでくれたのだと思うと、微笑ましくて胸の奥が温かくなった。

それなのに、そのお気に入りの下着を好きでもない男に見られている。虫酸が走るようないやらしい視線で、胸の谷間を舐めまわされているのだ。

「やっ、見ないでください……ああっ、お願いですから、腕をほどいてください」

「綺麗ですよ、奥さん。新婚さんだからセックス三昧なのも仕方ないですが、くれぐれも隣近所から苦情が出ないようにお願いしますね」

不動産屋らしい言葉を並べているが、これは犯罪行為以外の何物でもない。しかし、酒井は特別気負う様子もなく、妙に慣れた様子でごく普通に話し続ける。

「リバースシャトーに入居されて半年経ちますが、苦情は出てませんからご安心ください。毎晩セックスされているわりには静かなほうだと思いますよ」

「やめてください……毎晩だなんて……」

美帆は耳まで真っ赤に染めあげて顔を背けた。

実際には夜の生活があるのは週に一度か二度で、毎晩なんてするはずがない。最近に至っては晃司が疲れている様子なので、十日以上は遠ざかっていた。

新婚夫婦の平均回数としては、かなり少ないほうだろう。しかし、性の知識に乏しいな新妻がそんなことを知るはずもなかった。

晃司のセックスは淡泊なのだが、他の男性を知らないので不満はまったく感じていない。おやすみのキスと眠るときにギュッと抱き締めてもらえれば、充分すぎるほどの愛情と幸せを実感することができた。

「雑談はこれくらいにして、そろそろ本題である示談のお話ですがね」

「それは今度、主人がいるときに──」

お腹に馬乗りになっている酒井が、いきなり上半身を伏せるように覆いかぶさってきた。そして抗う間もなく、首筋にぶ厚い唇を押し当てられてしまう。

「ひいっ! ちょ、ちょっとなにを──あひいっ」

肥満体の中年男に押さえつけられて、柔肌にキスの雨を浴びせかけられる。タラコ唇の間から生温かい舌が伸び、鎖骨のあたりをヌメヌメと舐めまわす。熱い息を吐きかけながら、肌理の細かい肌にたっぷりの唾液をまぶされていく。

そのおぞましさは筆舌に尽くしがたく、たまらず裏返った悲鳴を放ちながら、不自由な身体をのけ反らせた。

「いや、いやですっ……あひっ、酒井さん、なにをするんですか?」

貞操の危機を感じて激しく抵抗するが、酒井は構わず首筋に舌を這わせ続ける。非力な美帆が暴れたところで、脂肪の塊はうんともすんとも言わなかった。

「ううむっ、奥さんの肌はスベスベしてて美味しいですよぉ」

「ひっ、いやぁっ……ひいッ、やめて、誰か……誰か助けてください!」

大声で助けを求めても酒井が動じることはない。それどころか余裕の態度で耳の穴に息を吹きこみ、恐ろしいセリフを囁きかけてきた。

「そんな大声を出してもいいんですか? 旦那さんが困ることになりますよ」

それは脅しに他ならない。美帆が抵抗を続ければ、晃司が起こした事故のことを会社に密告するつもりなのだろう。

(そんな……晃司さん、どうしたらいいのですか?)

心のなかで愛する人に問いかける。でも、脳裏に浮かぶ夫は柔らかく微笑むだけで、なにも答えてはくれなかった。

「旦那さんは、事故のことを奥さんにも知られたくなかったみたいですね。どうしてなんでしょう。心当たりはありますか?」

首筋に顔を埋めた酒井が柔肌をしゃぶりながら、質問を浴びせかけてきた。

百戦錬磨の中年男は、雑談を装って新妻の心理を巧みにコントロールしようとしている。しかし、貞操の危機に瀕している美帆はまったく気づいていなかった。

(もしかしたら……晃司さんは私のために……)

中年男に囁かれた言葉がきっかけとなり、目の前の靄が急速に晴れていく。

夫のやさしい笑顔の裏に隠されている真実の思いが、一瞬だけ垣間見えたような気がした。最近の晃司の横顔には、言葉にならない憂いが漂っていた。

夫が守ろうとしていたのは、昇進ではなく幸せな結婚生活なのではないか。どんなことがあっても必ず君を幸せにする、というプロポーズの言葉を実践しようとしているのではないか。