「えっ、おぶるって……でも……」
「大丈夫。こう見えて、意外と力持ちだから」
本当は力になど、まるで自信などないが他に方法はない。
「荷物は?」
「そこのウエットスーツと、あと、そっちの網です。中に貝が入ってる」
「よし、じゃあ、ウエットスーツは美波ちゃんが背負ってもらってもいいかな。貝は……俺が持てるかな」
宣英はウエットスーツを傍らに置いてあったビニール地のバッグに入れた。ついでに岩の上に置いてあった着替えのタンクトップを美波に手渡す。
「……本当に迷惑をかけちゃってごめんなさい」
美波は決心したのか、宣英に手渡されたタンクトップを上から被った。
見事な胸の膨らみと谷間が隠れてしまい、残念な反面、太ももの付け根にギリギリの丈のタンクトップからチラチラとビキニパンツが見え隠れするのがパンチラのようで、妙に胸が騒いでしまう。
「はい、じゃあ、乗って」
「ごめんなさい。よろしくおねがいします」
そんな美波の姿に後ろ髪を引かれつつ、背中を向けてしゃがみ込んだ。ふわりとフルーティーな香りとともにぷにりと柔らかな物体が背中に当たる。
(やっべぇ、すごい密着度だ)
熱い息が耳たぶに当たってこそばゆい。むあっと噎せ返るような甘酸っぱい香りに、若い女の子独特のフェロモン臭が混じり合って、頭がくらくらしてくる。すべすべとした太ももの手のひらにしっとりと吸い付くような感触が心地よい。
「あの……重たいですよね」
美波が申し訳なさそうに言った。
「ううん、軽い軽い。これなら全然大丈夫だよ」
本当に軽かった。正直なところ、美波をおぶって階段を昇りきれるかどうか、少し心配だったが、これならば大丈夫そうだ。
「つらくなったら言ってくださいね、わたし、いつでも自分で歩きますから」
「全然大丈夫だよ。上に行けば自転車があるから二人乗りで帰ろう……それにしてもすごいね、網の中の貝、全部美波ちゃんが採ったんでしょ? 尊敬しちゃうな」
「小さい頃からやってるから」
「俺なんて二十五メートル泳ぐのがやっと。潜水もできないし」
「じゃあ今度……泳ぎを教えてあげる」
「えっ!? 本当?」
「うん。せっかく島に来てくれたんだから。潜ったら楽しいよ。いっぱい魚が見れるの」
「ありがとう。うれしいな。来た甲斐があったよ」
本当にこの島に来てよかったと思う。東京で実香のことを思ってどんよりと暮らすよりも百倍、楽しい刺激に満ち溢れている。
(癒やされるってこういうことを言うんだろうな……)
高くなってゆく太陽の光を全身に浴びながら、宣英は美波を抱える手に力を込めた。
美波の怪我は大したことがなかったようで、宿に着く頃には、ほとんど普通に歩けるようになっていて安心した。
凪子と協力して宿泊客たちの布団を片付け、朝食を各部屋に配膳し終えると、三人で台所横のダイニングテーブルで朝食をとった。
メニューは白飯に浅蜊の味噌汁、生卵に納豆、そして美波が採ったサザエの刺身。宿泊客には敵わないが、それでも普段食べているコンビニのサンドイッチやおにぎりとは比べようがないほどに豪華で滋味深く感動的な味だった。
朝食が終わると、次は洗濯と掃除が待っていた。洗濯といっても、タオルにシーツに枕カバーと、洗うものは大量にある。すべてを干し終わると、凪子は各部屋の掃除機がけ、美波が廊下を雑巾で拭いている間、一番力のかかる布団干しを宣英が担当した。その後も、庭の雑草むしりをしたり、冷蔵庫にビールを補充したりとバタバタと忙しく動き回り、一時を回った頃になって、ようやくひと段落がついた。
「疲れたでしょう? たっぷり食べてね」
昼食は素麺だった。たっぷりとざるに盛られた素麺を、凪子がダイニングテーブルの上へと置いた。傍らには出汁つゆに葱や生姜や茗荷などの薬味類、そして鯵のたたきがある。美波と並んでいただきますの挨拶をすると、さっそく箸で素麺を掬い取った。
この島では鯵のたたきを素麺の薬味にするという。最初は恐々とつゆの中に入れたものの、食べてみると驚くほど美味しい。大満足の昼食が終わると、四時半までは自由時間でいいという。
せっかくなので、ビデオカメラを片手に少し島を散歩しようと思ったが、美味しいご飯でお腹がいっぱいになったら眠くなってしまった。昨晩はろくに寝れなかったのだから仕方がない。
(散策は……明日でいいか)
まだ二日目。この島で暮らす時間はまだたっぷりとひと月以上ある。昨日到着したばかりで、疲れがとれていないこともあるし、今日のところはおとなしく部屋で昼寝でもしようと決めて部屋へと戻った。
(そういや、働いている最中は、実香ちゃんのこと、全然思い出さなかったな……)
東京で、ことあるごとに思い出してメソメソしていたことを考えれば、ずいぶんの進歩だ。
(やっぱり環境を変えることって大切だな……)
畳の上に枕だけ置いて横になり、タオルケットをかけると自然とあくびが漏れた。目を閉じると、あっという間に眠りの中へと引き込まれてしまった。
目を覚ますと三時を少し過ぎたところだった。
もうひと眠りできないこともないが、あまり寝ても夜に差し障りがでる。眠気を振り払って起き上がると大きく伸びをした。