ちえりは両手を万歳して広げると、そのまま勢いをつけて宣英に抱きついてきた。
「ん、むぐっ!」
ふわん、と頬の両脇に柔らかくすべすべとした物体が押し付けられる。ぷりぷりっと張りがあり、かつ、どこまででも沈み込んでしまいそうに柔らかい感触。これは──。
(……うがぁっ、お、おっぱいじゃないか)
先ほどまで、〝挟んでみたい〟などと不埒なことを考えていたおっぱいに顔がすっぽりと包み込まれてしまっていた。
(う、うわっ……これは幸せというか、男冥利に尽きるっていうか……)
温かでふわっふわの乳肉からは、さっきよりも濃厚なココナッツの匂いが漂ってくる。蕩けそうなその柔らかみは、自在に変形して宣英の顔に張り付くようだ。
(ううっ、まさにパラダイス……)
そのままこの胸の中に埋もれていたい。そんな宣英の願いもむなしく、あっという間にちえりは身体を離すと、今度は右手を差し出してきた。
「ま、とりあえず、帰るまでよろしくしてよ、ねっ!」
「あ……はい、こちらこそ……」
瞬間の幸福に未練を抱きながらも、右手を差し出すと、ちえりはその手を掴んで両手で握り締め、ぎゅっと包み込んだ。
「本当にノリくん、超いい人!」
その手をぶんぶんと大きく左右に振るのはいいが、それ以上に胸がぽわんぽわんとたわむのだから、たまったもんじゃない。
(うわ、すっごい揺れてる……勢い余ってぽろりしちゃいそうだ……)
このキャラで、この島を訪れた何人の男たちが勘違いしたことだろう。
(ちえりちゃん、ちょっと君は罪作りだよ……)
ちえりの勢いに翻弄されながらも、目の前でぶるぶると揺れるおっぱいから目を離すこともできない。
「ちょっと、ちえりったら、ノリくんが困った顔してるじゃない」
無防備な少女の両胸のバウンドに見惚れながら握手していると、頭上から呆れた声が響いた。
「あ、美波ちゃん」
仰ぎ見るとウエットスーツに身を包んだ美波が魚介のたっぷりと詰まった網を片手に立っていた。
「あ、美波。お帰りー。ノリくんが心配で様子を見に来てくれたらしいよ」
「あ、その、凪子さんに頼まれて。台風が近づいてるからって迎えにきたんだ」
「やだ、もう。ママったら心配性なんだから」
ちえりはようやく宣英の手を解放すると、能天気な声をあげた。美波は手に持っていた網を地面に置くと首をすくめる。
「だよねー。来るにしても、あと三日くらい後だよね。うっわぁ、今日も、すごい大漁だぁ」
「うーん、そうね。でも、明日はもう潜るのは無理かな。海の中の流れがだいぶ速かったから」
網の中の獲物に目を丸くするちえりの横で、美波がウエットスーツのチャックを下げた。白いビキニに包まれたしなやかな肢体があらわになり、胸がとくんと脈打つ。
(あの身体を……この間、抱いたんだ……)
感じやすいバストと締まりのいい秘裂。初体験を迎える緊張に震えながらも、宣英の腕の中で乱れ、絶頂まで達してくれた少女。甘酸っぱい気持ちがこみ上げてきてきゅんと心臓が震える。
「そっか。さすがは美波だぁ。ノリくん、あのね、この海のことは誰よりも美波が詳しいんだよ」
「そんなことないわよ。わたしなんかよりも何倍も、お父さんのほうが詳しいもの」
美波はふと遠くを見るような目をすると、小さくため息をついた。
「美波のお父さんって、東京にいるんだよね、いいなぁ。ちえりも行きたいっ」
「……わたしは東京よりも、この島のほうが好きだな。海も空気も空の色も綺麗だし。お父さんだって、早く帰ってきたいって言ってた」
美波は後ろに結わえていた髪の毛を解くと、タオルで水分を拭いながら微笑んだ。
「そっかなぁ、だってさぁ、東京には渋谷も新宿もお台場も六本木もあるんだよ。なんだってあるじゃん、ね、ノリくん」
「うーん、そうだけど。でも、この島みたいに美味しい魚とか貝は、渋谷や新宿じゃ、なかなか食べられないよ」
「あっ……それは……嫌かもなぁ。ちえり、魚、大好きだし」
ちえりは急に真面目な顔になると、うーんと唸った。その真剣な様子に思わずくすりと笑いが漏れてしまう。
「そうね、この島の魚は本当に美味しいもんね……そうだ、ノリくんって、まだ、時間ある? すぐに戻らないとダメなの?」
ふと、美波が思いついたように振り返った。
「うん、凪子さんには、美波ちゃんを呼びにいったらそのまま休憩に入っていいって言われてるけど、どうかした?」
「ううん、せっかくだから……今採ったばっかりの貝、食べないかなって。晩御飯用にって思って少し多めに採ったんだけど、せっかくだったら、ここで食べたほうが美味しいかなって。ノリくん、浜辺で採れたてを食べたことってないでしょう。たしか浜小屋に小さいバーベキューセットもあったし」
美波が地面に置いた網を指差した。中にはぎっしりとたった今収穫されたばかりの蛤や鮑、サザエに大きな海老までもが入っている。
「うわぁ。やったぁ、それ、ちえりは超賛成っ! じゃあ、飲み物買ってくるよっ!」
ちえりは素早く立ち上がると、水着のまま小走りで階段のほうへと向かって駆け去っていった。
「もう、ちえりってば、ノリくんの返事も聞かないで」
「いや、大丈夫だよ。ありがとう、美波ちゃん」
「ううん……わたしも、ノリくんと一緒にバーベキューだなんて嬉しいな」