夏色誘惑アイランド 艶色母娘とビーチラブ

(あ……れ? これって……?)

本能的に安心できるような、それでいてなぜかムラムラと欲情を掻き立てるような、相反する感情を喚起する、この温かで魅惑的な感触。

(ああっ! お尻だっ!!)

顔を慌てて離すと、やはり想像通り、目の前にあるのは凪子のヒップだった。

「あ……あのっ……すみませんっ!」

出会ってまだ十分ほどしかたっていない女性に対して大失態だ。恥ずかしさと居たたまれなさで、顔を赤くして狼狽する宣英を振り返り、凪子がふんわりと微笑んだ。

「あら、ごめんなさいね。ちょっとゴミが落ちていたものだから」

「は、はいっ……こちらこそ前方不注意ですみませんでしたっ!」

「ううん、急に立ち止まったのはわたしのほうだから。ね、怪我とかはない?」

凪子は身体ごと向き直ると、宣英の頬に手のひらをそっと当て、顔をじっと近づけ、確かめるように宣英の顔を覗き込む。

(うわぁ……距離が近い……)

ふわりと少し薄荷の混じった吐息が顔にかかるほどの距離で見ても、凪子は若々しくて美しかった。まるで毛穴などひとつもないような、つるんとしたの細かい肌、雛人形のようにつぶらな目を飾る睫は長く、濡れたように光る色気たっぷりの唇から可愛らしい八重歯が覗いている。

(この人と……ひと夏を一緒に過ごせるんだ)

ざっくりとした大きめの白シャツから覗く、ほっそりとした鎖骨に細い金のチェーンが絡みついているのが大人の色気を醸していて、胸がドキドキと騒いでしまう。

若い頃もさぞや美しかっただろうと思われるが、凪子の場合は、年を経たことがまるでマイナスになっていなかった。ほどよく熟し、円みを帯びた艶やかさに、人妻ならではのエロスが散りばめられている。

(こんな人に子供がいるだなんて、信じられないな)

熟した美貌にほうっと見惚れていると、凪子が宣英の頬を優しく撫でさすった。

「うん、大丈夫。怪我はないみたい。本当にごめんなさいね、わたしったら不注意で。おばさんになると注意が散漫になっちゃって嫌になっちゃうわ」

「えっ、そんなっ。おばさんだなんて。女将さんはおばさんなんかじゃ、全然ないですよ! こんなに綺麗な大人の女性を見たの、正直初めてです!」

「あら、やだわ。何言っているの、吉川くんってば。おばさんをからかわないの」

「いいえ、本当ですっ」

「うふふ。冗談でも嬉しいわ。さ、部屋へと急ぎましょう。今日は団体客が入っているから、夜は忙しくなるわよ。さっそくこき使わせてもらうからね」

凪子は目を細めて優しげに微笑むとくるりと向き直った。

(本当……なんだけどなぁ……)

信じてもらえないもどかしさを胸に秘めたまま、凪子の後に続いた。

「ここが宣英くんに使ってもらう部屋よ」

二階へ上がりきると、くの字に曲がった廊下を左に折れて一番奥、突き当たり右手が宣英のために用意された部屋だった。

「はい、お邪魔します」

八号室と書かれたプレートの掛かった扉を開くと六畳ほどの和室が現れた。

真ん中にはちゃぶ台があり、右手の壁に沿って小さなテレビが置かれている。窓辺にはテーブルセット。よくある旅館の部屋だが、陽に燻されて匂い立つい草の匂いはノスタルジックで懐かしく、幼い頃、夏休みになると祖父母の住む田舎へと遊びに行っていたことを思い出す。

「ありがとうございます。すごい景色がいいですね、この部屋」

開け放たれた窓の向こうには雄大な大海原が広がっていた。白い海鳥が聞きなれない鳴き声をあげながら、夏の大空を自由に飛び回っている。

「そうね、景色はいいんだけど、狭いでしょ、ごめんなさいね。お布団は、そこの押入れの中にあるから。とりあえず少し落ち着いてもらったら……そうね、三時くらいに一階に来て。お風呂を掃除してもらって、その後は食事の支度を手伝ってもらうのと、配膳の仕方を教えるわ。配膳が終わって、客室から食器を引き上げたらお客様の布団の敷いてもらって、今日の仕事は終わり。その後は好きにしてもらっていいけど、明日の朝は六時半に下のダイニングに集合。いいかしら」

「はい、わかりましたっ!」

「じゃあ、三時に。よろしくね」

凪子は、それだけ言うと部屋を出ていった。

(今日から、ここで仮り暮らしが始まるのか……)

東京から離れたこの島で、これからいったいどんな生活が待ち受けているのだろうかと考えると、期待と不安とが交じり合った複雑な心境がこみ上げてくる。

(……今頃、実香ちゃんは若林と楽しくやってるのかな)

今、到着したばかりだというのに、ホームシックだろうか。ふと実香のことが思い出された。

(いや……もう忘れるって決めたんだから)

ふとした拍子にこみ上げてくる未練の気持ちを振り切るように、首を横に振ると、気を取り直して窓辺へ歩みよった。潮気を含んだ風が、宣英をまるで慰めるかのように頬を撫でる。

(そうだ……記念にここからの景色を撮っておこうかな)

いいアイディアだ。

自分の思いつきに心を弾ませながら、ボストンバッグを開くと、愛用のビデオカメラを取り出す。モニターを覗き込んでスイッチを入れるとピンという音がして録画が開始された。

(いけね、もうこんな時間だ)

撮影を終えたあと、少しだけ、と思って横たわったら、いつの間にか寝入ってしまっていた。気がつくと仕事の時間が迫っていた。慌てて部屋を出ると、階段を下りて一階へと向かう途中、玄関に人影を見つけた。客かと思い足を止める。