(美波ちゃんって、本当に可愛いなぁ)
こんなに素直で純粋な女のコは、大学中……いや、東京中探したっていないように思える。お団子に結わえた髪から南国の花のような芳しい匂いがぷんと漂って、胸をきゅんきゅんと刺激する。
(こんなコが彼女だったら、毎日楽しいだろうな)
そう思った瞬間に、美波がふと足を止めた。
「あれ、美波ちゃん、どうかした?」
また足でもくじいたかと立ち止まり振り返ると、なぜだか美波は今にも泣き出しそうな顔をして佇んでいた。
「……あの、吉川さんって彼女とかいるんですか?」
「あ……いない……けど」
「そっか……よかった」
美波はほっと安堵のため息をつくと、宣英の隣へと駆け寄ってまたも歩き始める。
(……いま、よかったって言ったよな。いったい……どういう意味なんだろう)
真意が掴めずに美波の顔を窺っていると、その視線に気がついた美波がふと顔を上げて宣英の顔を見つめ返した。
「あの、吉川さん……」
「ん、どうしたの? 美波ちゃん」
「わたし、実は……」
「あっれー、美波じゃん!」
何かを言い迷っている美波の声を遮るかのように、若い女のコの声が割って入った。
「あ……ちえり」
美波が宣英の背後に視線をずらした。つられて振り返るとそこにいたのは──。
「あっ、君!」
「ん? あ、君、この前のナンパの彼じゃん!? やっだー、美波の友達だったんだぁ」
こんがりと焼けた肌に綺麗な栗色の髪の毛。ぱっと目を引く華やかな少女は、先日、道端で出会った少女、ちえりだった。
「あれ、ふたりとも……知り合いなの?」
美波が驚きを隠せない口調で言った。
「そう! こないだナンパでね!」
「えっ……ナンパって?」
美波の顔がみるみると曇っていく。
「いや、ナンパっていっても……その、俺がしたわけじゃなくって」
「そうそうっ。せっかくちえりが東京の男のコたちと仲良くなりかけてたのにさ、ナンパと勘違いして邪魔されたのー。余計なお世話ってヤツよね」
「なんだ、そうなんだ。そうだよね……吉川さん、ナンパなんてする人じゃないもんね」
慌てて弁解すると、美波はほっとしたような顔でため息をついた。
「で、おふたりは、どういう関係なんですか? まさかの彼氏彼女? ちょっと美波ってば親友のちえりのあずかり知らぬところでいつの間にっ!?」
ちえりが長い睫をばさばさと揺らして目をしばたかせた。
「もう、ちえりってば。吉川さんは、うちでアルバイトしてくれてるの」
「アルバイト? ちぇっ、なーんだ。奥手の美波にもようやく春が! って思ったのに。ちぇっ。ねぇ、えっと、吉川さんだっけ?」
「あ、はい。吉川宣英です」
「んー。じゃあ、ノリくんでいいよね。美波をよろしくね。このコってば、すっごく奥手なんだ。男のコとロクに話したこともないくらい。だから、親友のちえりからのお願い。仲良くしてやって?」
「もうっ、ちえりってば、何言ってるのよ」
「うはは。あんまりおふたりのデートの邪魔しても悪いんで、ちえりはこの辺でドロンしまーす! ふたりともどうせお祭り行くんでしょ? 上でまた会お!」
ちえりはそれだけ言い残すと、忙しない様子でミュールの踵を鳴らして去っていった。
「……元気なコだね」
「はい……幼馴染なんです。幼稚園から一緒の親友で、わたしのことをすごくいつも考えてくれて」
勢いに圧倒される思いでぽつりと漏らすと、美波は社に向かう階段を駆け昇っていくちえりの後ろ姿を見送って微笑んだ。
「へぇ。幼馴染なんだ」
「はい。ちえり、見た目がああいう感じなんで、島の人の中では、嫌なことを言う人もいるんだけど、でも、本当はすごく優しくてピュアなコなんですよ」
「うん、わかるよ。美波ちゃんの友達だから、悪い子のわけはないと思う……確かに俺も最初はちょっと圧倒されたけど」
「ちえり、東京にすごく憧れてて、それで、一生懸命、東京の女のコみたいな格好をしてるんです。本当は、今年、高校を卒業した後は、東京に行こうって決めてたらしいんだけど、ご両親だけじゃ、お祖母ちゃんの介護が大変だからってこの島に残ることに決めたんです」
「へぇえ。そうなんだ。本当に優しいコなんだね」
清純という言葉がぴったりの美波と、いわゆるギャルと呼ばれる種族に属するちえりとが仲のいい様子なのは少し意外だったが、外見で判断してはいけなかったようだ。
(介護の手伝いかぁ。美波ちゃんだって、家の民宿を手伝ってるし。まるでパラダイスみたいなところだって思ってたけど……住んでいる人たちにはいろいろあるんだな)
正直なところ、まだ自分の将来のことなど考えることもなく、東京でのほほんと大学生活を送っている我が身を考えると恥ずかしくなるような話だ。
「……あっ、そうだ! あの、吉川さん、お祭りに行く前に、ちょこっとだけ付き合ってくれません?」
東京へ戻れば、そろそろ来年から始める就職活動のことも考えなくてはならない。恋だ、愛だとノンキに浮かれている間に、急に自分の人生が迫ってきた気がして思わず黙り込んだ宣英の顔を見上げて美波が言った。
「えっ、いいけど……」
「じゃあ、ちょっと急いでもらってもいいですか……もう、あんまり時間がないから」
美波が駆け足で階段を昇り始めた。途中、脇道にそれると、かろうじて人ひとり分の幅の草が刈られているだけの獣道を小走りで進んでいく。