夏色誘惑アイランド 艶色母娘とビーチラブ

「い、いらっしゃいませ……あれ、君?」

そこに立っていたのは、今朝方、船で一緒になった少女だった。

「えっ? あっ……今朝の……」

突然話しかけられたことに驚いたのか、少女は一瞬、身体をびくんとさせた後、宣英の顔を見て思い出したのか、はにかんだ笑顔を浮かべた。

「そう、船の中で。えっと、君、ここに泊まってるんだ?」

「泊まってるっていうか。あの、ここ、わたしの家なんです」

「えっ、家? ということは、君、ここの娘さんなの?」

今度は宣英が驚く番だった。

(こんな偶然あるんだ……この娘とひとつ屋根の下でひと夏を過ごせるだなんて!)

一瞬だが一目ぼれに近い感情を抱いた少女との再会の悦びに胸が弾む。

(たしかにこうして見ると、凪子さんにちょっと似てる……)

大きく黒目がちな眼や、薄い唇、そして笑うと零れる小さな八重歯は、よく見れば凪子とそっくりだ。

海から帰ってきたばかりなのか、頭の後ろでポニーテールに結ばれた長い髪は、しっとりと水気を帯びていた。

濡れた水着の上から身につけたタンクトップは、湿り気を帯びて肌をかすかに透かせ、デニムのショートパンツからすらりと伸びた太ももには乾いた砂が張り付いている。そのあまりに無防備な姿は、見ているこちらが心配になるほどだ。

「それで、貴方は?」

少女はサンダルを脱いで玄関にあがると、向き直って首をかしげた。

「あの、俺は今日から夏の間、ここで住み込みで働かせてもらうことになった吉川宣英といいます。よろしくお願いしますっ!」

「あ、ママが言ってたアルバイトの人なんですね。わたしは、えっと、神尾なみといいます」

「みなみちゃん?」

「はい。美しい波って書いて、みなみ」

「へぇ、いい名前だね。美波ちゃんの雰囲気にぴったりだ」

「どうも……ありがとうございます」

少女の頬がさっと赤らんだ。褒められたことに照れたのか、恥ずかしそうに下を向くと、もじっと身体を揺らす。

(可愛いなぁ。こんな子だったら、絶対に二股とか、かけないんだろうな……)

別れた彼女の実香と比べるわけではないが、美波の男慣れしていない素朴な反応を目の当たりにし、ついそんな考えが浮かぶ。

(……ってなにを考えてんだよ、俺は)

先ほどは、凪子のしっとりとした色気にときめいたと思えば、今度は娘の美波の純な佇まいに好意を抱くだなんて、いくらなんでも節操がない。

(でも……全部、この島に来てからだよな)

東京では、とても女の子のことなど考える気になれなかった。そのことを考えると、前進といえないこともないのではとも思う。この島の開放的な雰囲気と、心地いい陽気、そして、底抜けに明るい太陽のおかげで、心の傷が少し解れてきているのだろうか……。そんなことを考えていると、玄関の扉が外側から開き、手に箒を持った凪子が姿を現した。

「あらぁ、美波。お帰り。いつ帰ってきたの」

「ん? 今朝のフェリー。でも、そのまま海に潜ってきたの。東京にいる間、しばらく潜れてなかったから」

少女は玄関の隅に置かれた網を拾い上げると、凪子の前へと差し出した。中には、さざえやはまぐりあわびまでもぎっしりと詰まっている。

「美波は本当に海が好きね」

「そうかな。わたし、お風呂使ってもいいよね、ついでに女湯の掃除もしちゃう」

凪子が網を受け取りながら、ふっと眼を細めた。しかし、美波は妙に素っ気ない素振りだ。

「美波、お父さん、どうだった?」

そのまま家の中にあがろうとする美波を、凪子が呼び止める。

「うん。元気だったよ。東京もそれなりに楽しいみたいだけど、やっぱり島のほうがいいって言ってた。向こうは食べ物が高くてまずいって。あと、ママにも会いたがってたよ。行ってあげたら?」

「そうねぇ……でも、この宿のことがあるし……ちょっと無理かしらね」

言い淀む凪子を横目にため息をつくと、美波は宣英にぺこりと頭を下げて、廊下の奥へと消えていってしまった。

(……なんか美波ちゃん、怒ってるような感じがするけど……)

母娘の間に漂うほのかに剣呑な雰囲気に、胸がざわつく思いだが、人様の家庭の事情に口を出すのもはばかられる。

「さっ、吉川くんは、仕事の時間よ。男湯の掃除を頼みたいんだけど、その前に、買い物を頼もうかしら。自転車でちょっと行ってきてもらえる?」

「了解っす!」

凪子から、買出し用の財布を受け取ると、自転車の鍵を借りた。サンダルをつっかけて外に出ると、脇に止めてあったママチャリにまたがる。

一キロ先の青果店で茄子とトマト、そこからすぐの精肉店で鶏むね肉を五百グラム。そのほかにも牛乳とオレンジジュースと卵が一パック。頼まれた物を買い忘れないよう、頭の中ではんすうしながら自転車を漕ぎ出すと、夕暮れを感じさせる風が吹き抜けていった。

「はぁ、終わったぁ……」

民宿と名がついてはいるものの、食事は部屋食で、布団の上げ下げも宿がやる旅館と同レベルのサービスを提供しているさざなみの仕事は、想像していたよりもずっとハードだった。特にただの力仕事だろうとたかをくくっていた布団敷きが意外と難しく、シーツをつけるのにまごまごと手間取り、お客さんを苦笑させてしまった。

「明日は、六時起きかぁ」