まだ頭はぼーっとするが、身体はだいぶ軽い。
(……そうだ、風呂でも入ろうかな)
午前中の労働でだいぶ汗を掻いた。どのみち、午後一番の仕事は男湯の掃除だ。風呂に入ったそのついでに掃除をすれば効率がいい。そう決めると、着替えを片手に部屋を出た。
階段を降り、『清掃中』の札を男湯の扉にかけると、脱衣所で衣類を脱いだ。誰もいないことはわかっているが、なんとなくの癖でタオルで股間を隠して浴室へと向かう。
浴室は七畳ほどの広さで、ガラス窓に面した浴槽には、お湯がたっぷりと張られていた。その脇のガラス扉を開けると、露天風呂へと続いている。
(せっかくだから、露天に入るかな)
昨晩風呂に入った時は夜だったし、凪子の痴態を目撃したショックでそれどころじゃなかった。せっかくだから、今日は露天の方に浸ってみようと思い、軽く身体を流すと、ドアノブに手をかけた。
裸足で庭石を踏みながら竹製の囲いを回り込むと、石造りの和風な露天風呂が現れた。ひたひたに湯が張られた浴槽に足先から入ると、湯船から湯が溢れ出て、なんとも贅沢な気分だ。
「うわぁ、気持ちいい……」
肩まで湯に浸かると、思わずため息が漏れた。
湯質は透明ながらも少しぬるついていて、身体を芯からじんわりと温めていくようだった。露天風呂といえば、冬というイメージだが、こうして夏の昼間に浸かるのも悪くない。竹の垣根で目隠ししてあるとはいえども、時折、海からの潮風が吹き込んできて頬をくすぐり、火照りを冷ましてくれる。
「ふあーっ、最高だなぁ」
仕事は忙しいとはいえ、飯は旨いし風呂は広い。おまけに一緒に働く女将はセクシーな美人で、その娘は素朴で愛くるしい美少女。これで日給をもらえるだなんて、なんだか申し訳ない気さえもしてくる。
(ここでひと月暮らせば、失恋の痛手もすっきり治るな……)
油断すると脳裏に蘇ってくる実香の面影を振り払うように、顔にじゃぶりとお湯をかけると、背後から声がした。
「あら、吉川くん?」
「あ、ああっ! 凪子さん!?」
振り返ると、そこには、凪子が立っていた。
(し、しまった。ひょっとして俺、男湯と女湯と間違ってた!?)
入る時にちゃんと確認したと思ったのだが、とんだうっかりミスだ。
「す、すみませんっ。俺、ここが男湯と勘違いしてて」
「あら、露天部分はひとつしかないの。日替わりで男湯と女湯とに切り替えてるんだけど……この時間は清掃中で入れないことになってるから、両方から入れちゃったのね」
「うわ、すみません、俺……」
「ううん、まぁせっかくだから、ゆっくり浸かりましょう。ね、隣いいかしら」
(えっ、隣って言われても、凪子さん、は、裸だし……)
風呂だから、当たり前といえば当たり前なのだが、しかし、凪子の格好はあまりに刺激的だった。胸の上から身体の前面に当てられた幅の細いタオルは、わずかな中心部のみをなんとか隠しているだけで、胸の脇部分や張り出した腰と尻、そしてむっちりとした太ももがはみ出てしまっている。丸みを帯びた肉体のカーブははっと息を飲むほどに女らしく、股間にぎゅわんと刺激が奔る。
(や、やばい……ちんちんが……勃っちゃったよ……よりによって、風呂で鉢合わせとかって……)
慌てて目をそらしたが、しかし、網膜には先ほど見た美人女将の肌もあらわな姿がはっきりと残っている。
(……ど、どうしよう)
風呂から退散しようにも、股間はすでにカチカチに勃起してしまっている。
「いや、す……すみませんっ! ちょ、ちょっと温まったら、俺、内風呂に行きますからっ」
「あら、いいのよ。広いんだから、ゆっくり浸かっていったらいいわ」
ドギマギ狼狽する宣英にまるでかまわぬ様子で、凪子は風呂の縁にすっとしゃがみ込むと、足先から宣英の左隣に滑り込んだ。
「はぁっ、気持ちいい。昼風呂って最高よね」
「あ……はい……いや……最高……ですよね」
凪子は気持ちよさそうに目を細めると、湯を掬って首筋を手のひらで優しく拭った。首筋に絡み付く結い髪に、細い鎖骨が色っぽい。湯水越しにはむっちりとした身体と揺蕩う陰毛までもがばっちりと見てとれる。
(や、やばい……もう、アソコがギンギンだし……こんなに近くに寄られると……収まるどころか……)
必死に別のことを考えて気を散らし、硬直をなだめようとするも、うっすらと脂肪をまとった滑らかな肩や細い首筋が気になって仕方がない。
(なんとか……勃起だけはバレないようにしないと……)
あまり近くに寄られては股間の屹立に気がつかれてしまう。しかし、こんな間近に肌もあらわな凪子がいては、収まるものも収まらない。強張りを収めるのは諦め、せめても勃起を誤魔化すために、湯の中で股をぎゅっと閉めた。
「あらぁ、吉川くん、なんだか緊張してる?」
「あ……はい……その……女の人とふたりで風呂とか、初めてで……」
「やぁね。こんな田舎のおばさん相手に、照れることないじゃない」
あたふたと焦っている年下の学生をからかうように、凪子が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「いや、凪子さんは、おばさんなんかじゃ……その……全然、ないですし……」
「あら、だってわたし、もう三十六歳よ。君から見たら立派なおばさんじゃない」