「片づけなら手伝いますよ。力仕事があったらおまかせください」
もちろん嘘に決まっている。昨日も寝ているばかりで、いっさい手伝わなかったのだ。そんなことは夫もわかっているだろう。しかし、浩志は困ったように頭を掻きながら口を開いた。
「牛島さんもこう言ってくれてるし、手伝ってもらったら?」
「え……?」
由香里は思わず絶句してしまう。
いくら牛島が先輩とはいえ、浩志は課長なのだ。妻が嫌がっているのがわからないはずないのに、どうして追い返してくれないのだろう。昨夜のことを知らないとはいえ、守ってくれないことがショックだった。
牛島は当たり前のように食卓について、勝手に新聞を読みはじめた。
「おじさん、おはようございます」
沙緒里がポニーテイルを揺らしながら元気に挨拶する。すると、下劣な中年男は好色そうな目を向けて、にやりと唇を吊りあげた。
「沙緒里ちゃん、おはよう。制服姿も可愛いねぇ」
なにかよからぬことを考えているのではないだろうか。由香里は急に不安になり、慌てて対面キッチンから飛びだした。
「め、目玉焼きです。すぐにトーストを焼きますね」
とにかく、下劣な中年男を娘に近づけたくない。無理やり会話を中断させると、目玉焼きが載った皿を食卓に並べていった。
「あ、奥さん。俺はパンじゃなくてご飯にしてもらえますかね」
牛島が図々しい注文をつけてくる。腹立たしいが逆らうわけにはいかない。口答えをすれば、昨夜の写真をバラ撒かれてしまうかもしれないのだ。
仕方なく牛島のためだけに、米を研いで炊飯器のスイッチを入れた。
食パンを焼き、由香里も食卓につく。なにも知らない夫と娘、それにレイプ魔の牛島が食卓を囲んでいる。それはあまりにも異様な光景だった。
「我が家で食べる初めての朝食だな」
「うん。おいしいね」
浩志が嬉しそうに目玉焼きを口に運べば、沙緒里もにこにこしながらトーストを囓る。絵に描いたような幸せな朝食風景だ。だが、そこには牛島がいる。昨夜、この男に犯された。しかも、夫が寝ているすぐ隣で……。
(わたし……どうして、あんなに……)
どうして、あれほど乱れてしまったのだろう。思いだすほどに後悔の念が湧きあがる。とてもではないが、食事が喉を通らなかった。
「奥さん、食べないなら俺がもらいますよ。ご飯が炊けるまで時間がかかりそうだから、とりあえずトーストで誤魔化しときますわ」
牛島は手を伸ばして目玉焼きの皿とトーストを奪うと、遠慮なくムシャムシャと食べはじめた。
もう、なにも言う気が起きない。昨夜の出来事を、夫と娘に知られなければそれでよかった。
「そろそろ出かけるよ」
「わたしも学校行く!」
浩志と沙緒里が揃って席を立つと、急に不安がこみあげてくる。だが、平静を装いながら、玄関まで見送った。
「浩志さん、お仕事がんばってください。沙緒里ちゃん、車に気を付けてね」
新築のマイホームから、夫と娘がそれぞれ会社と学校に出かけていく。由香里は笑みを絶やすことなく手を振りつづけた。
「奥さん、やっと二人きりになれましたねぇ」
玄関ドアを閉めた途端、背後から声をかけられてドキリとする。カーディガンを羽織った両肩に手が置かれて、いやらしく二の腕まで撫でおろされた。
「や、やめてください……」
抗議する声は消え入りそうなほど小さかった。
それは卑猥な写真を握られているから、という単純な理由だけではない。一度レイプされた女の弱みか、それとも初めてのアクメを味わわされた屈服感か、とにかく心が竦んだようになって抗えないのだ。
「邪魔者もいなくなったし、さっそく楽しいことをするか」
牛島が背後から体を寄せてくる。ヒップに硬い物がぶつかり、由香里は反射的に腰を捩らせた。
「やっ……」
「いやがるフリをしても、コイツでイッた事実は消えないんだぞ」
陵辱者の言葉が心の奥に突き刺さる。
スラックスの股間はすでにテントを張っており、それをスカート越しの尻たぶにグリグリと押しつけてくるのだ。
「ほれ、もうこんなになってるんだ。旦那と違って逞しいだろう?」
「あ、あの……ご飯が炊けますから……」
男の手から逃れようと身を捩るが、牛島は二の腕を握ったまま離さない。そしてヒップの割れ目に股間の膨らみを嵌めて、いやらしく腰を振りはじめた。
「いやっ、やめてください」
「もう飯なんていいから、少し運動をしましょうや」
ご飯をリクエストしておきながら、食べないつもりらしい。だが、そんなことよりも、なにをされるのかが気になっていた。
「離して……もう帰ってください」
勇気を振り絞って口にするが、牛島はまったく相手にする様子がない。それどころか、グローブのように大きな手で肩をがっしりと抱き、有無を言わさずリビングに連れこまれた。
先ほどまで夫と娘が食事をしていたテーブルの前に立たされる。使用済みの皿とフォークがちらりと視界の隅に映った。
「こ、今度ヘンなことしたら……」
由香里はテーブルを背にすると、後ろ手に恐るおそる手を伸ばしていく。二度も夫を裏切ることはできない。また犯されそうになったら、あのフォークで応戦するつもりだった。
「一度だけ忠告しておく。余計なことは考えるな」
牛島の目が据わっている。大声で怒鳴られるよりも、却って迫力があるかもしれない。心の奥底まで見透かすような目だった。