母娘喰い 奪われた媚肉

玄関ドアを開けて出ていく浩志を見送ると、母娘は小さく息を吐きだした。

とりあえず父親の目は誤魔化せたが、安心することはできない。今日は長い一日になりそうだった。

「ママ……」

沙緒里は不安になって母親を見つめた。これから自分たちの身になにが起こるのか、想像すると恐ろしくてならない。おぞましい妄想ばかりが膨らんでいく。

「ママがずっといっしょにいるから」

母親が手を握り締めてきた。

沙緒里の不安を感じ取ったのだろう。両手でしっかりと包みこんで、気持ちを落ち着かせようとしてくれる。そんな母親のやさしさに触れることで、沙緒里の心は少しだけ楽になった。

「ありがとう。もう大丈夫」

先ほどよりも自然に笑うことができたと思う。

同じ体験をしているので、気持ちを共有できているのかもしれない。母親との結束が固くなるのは当然のことだった。

「無理をしないでね。その分、ママが──」

「本当に大丈夫。わたしたちも、そろそろ出かけないとね。着替えてくる」

沙緒里はできるだけ明るく告げると、顔を洗うために洗面所へと向かう。鏡に映った自分の顔には疲れが滲んでいる。それでも胸のうちには、母親を助けたいという気持ちが大きく膨らんでいた。

(ママのためにがんばる……わたしが助けるしかないんだもん)

大好きな母親のためなら、どんなことでも耐える覚悟だ。

じつはこの日、母娘は牛島に呼びだされていた。都心部にあるホテルの一室に出向かなければならない。

──たまには違う場所で、気分を変えて楽しみましょうや。

牛島は脂肪だらけの顔に笑みを浮かべて、そんなことを言っていた。

もちろん、沙緒里と由香里が逆らえるはずもない。渋々ながら承諾した。家以外の場所であの男に会うのは初めてだった。

沙緒里は洗顔をして黒髪をポニーテイルに纏めると食卓についた。

食欲はなかったが、それでも簡単な朝食を無理やり摂った。しっかり食べておかなければ、身体が持たないような気がした。

そして自室に戻ると、日曜日だというのに制服に着替えていく。制服で来るようにと命じられていた。母親もなぜか普段着を指定されている。ホテルだからといって着飾るなと、何度も念を押されたのだ。

沙緒里が一階に降りると、由香里はすでに準備を終えていた。二人は寄り添うようにして、呼びだされたシティホテルへと向かった。

約束の五分前に、ホテルのロビーに到着した。こちらから捜すまでもなく、すぐに肥満体の中年男が歩み寄ってきた。

「奥さん、お嬢ちゃん、よく来てくれましたね」

牛島は休日のはずなのに、相変わらずよれよれの背広を着ている。禿げあがった頭頂部が妙にテカテカしており、見ているだけで気分が悪くなりそうだった。

「部屋にご案内しますよ」

牛島はひとりでしゃべりまくり、エレベーターに向かって歩きだす。沙緒里と由香里も、仕方なく男の後についていった。

最上階でエレベーターを降りると、牛島はとある部屋のドアをノックした。

「……え?」

なにかがおかしい。沙緒里の唇から思わず小さな声が溢れだした。

脳裏にひとつの疑問が浮かんでいる。牛島は部屋の鍵を持っていない。ノックをするということは、部屋のなかに人がいるということではないか。

てっきりホテルの部屋に連れこまれて、母親と二人で牛島から卑猥なことをされるのだと思っていた。だが、部屋には他の誰かがいるのだ。

(だ、ダメだよ……絶対におかしいよ……)

沙緒里が頬を引き攣らせたそのとき、ドアがガチャリと少しだけ開いた。部屋にいる何者かが開けたのだ。

隣を見やると、母親も顔面蒼白になっている。異変に気づいているのだ。二人が部屋に入るのを躊躇していると、牛島が手首を掴んできた。

「ホテルの廊下に突っ立ってると目立つぞ。もし知り合いがいたら、バレちまうかもしれないな。おまえら、それでもいいのか?」

「で、でも……」

由香里が抗議するように口を開くが、すぐさま牛島が低い声を被せてくる。

「旦那にバラされてもいいのか? 妻と娘が俺のデカチンでやられまくってるって知ったら、ショックで自殺するかもしれないぞ」

それを言われると、二人ともなにも言えなくなってしまう。

父親の繊細な性格を考えると、まったくあり得ない話ではなかった。

「あっ……」

抵抗力が萎えたところを狙って、手首をグイッと引かれて部屋に連れこまれる。母娘はつんのめるようにしながら、部屋の奥まで強引に歩かされた。

ずいぶん広い部屋で、ベッドも無駄なほど大きい。スイートではないと思うが、高級な部屋だということはひと目でわかった。

そして、窓際には背広姿のでっぷりと太った男が立っていた。頭髪は一本もなく、牛島よりもさらにテカっている。六十歳は過ぎているだろう。雰囲気からして、社会的にそれなりの地位にある人のような気がした。

「やあ、いらっしゃい。待っていましたよ」

やけに嗄れた声だった。決して大きくはないが、腹の底から出ているような声は妙な迫力を感じさせた。

(この人……なんか、怖い……)

沙緒里は無意識のうちに後ずさりする。すると、すかさず牛島が背中に手をあてがってきた。そして、強引に男の前まで歩かされてしまう。

「え……しゃ、社長?」

そのとき突然、由香里が声をあげた。