家庭教師と隣の母娘 誘惑の個人授業

母が勝ち誇っていないからこそ、茉莉の全身が熱くなる。自分の勝手な妄想だとわかっていても、嫉妬と羨望に心が焼ける。

茉莉が結論を出せないまま、歩道をしばらく歩いていくと、まばらな家の間にある空き地に出た。

すべり台やブランコといった遊具はないが、木製のベンチがあるので、町民の憩いの場なのだろう。夜の今は、優也と茉莉以外の誰もいない。

しかしベンチのそばに立つ街灯が、広場の中心に立つ、何体もの人影を照らし出している。

二十人あまりの人影が、押し合いへし合いというほどではなく、互いの間に余裕の空間を作って立ちつくしている。

集まってたたずむ人々全員が、背が高い。身長は三メートル近くある。

当然、生身の人間ではない。

厚さ十センチほどの板を、人の形に成形してある。

人の形といっても、本物の人間そっくりではない。頭部の丸い部分には、髪も目も鼻も耳も口もない。ただ丸いだけ。服も着ていない。手の指もない。

人のシルエットの形に切り出した板だ。

どの人型も、色は塗っていない。材質の色と質感がそのまま表れている。

近くに寄って見ると、人型の素材はそれぞれ異なった。種類の違う木の板もあれば、いろんな金属や合成樹脂もある。いろんな紙を貼り合わせて、破れないように処理したものもある。優也の知識では、なにとも判別できない素材の人型もあった。

優也はまた人型から離れて、街灯の光の中にたたずむ陰影の濃い集団全体をながめた。

身の丈三メートルの様々な表面の巨人が、無言で集まっている姿に、背筋をチリチリとひっかかれるような感覚を与えられる。

「昼間の太陽の下で見たら、どんな感じなのかわからないけど、今はまるっきりお化けだなあ。繭さんと眠る前に、いつも聞かされる怖い話の得体の知れないものみたいだ」

口に出してから、ハッとする。

(今の茉莉ちゃんの前で、繭さんのことを言うのはまずい)

優也の不安をよそに、茉莉は落ち着いていた。いや、母親の名前が出ただけで取り乱すのはみっともない、と茉莉は自分を落ち着かせていた。

「母さんは、先生にもそんな話をしてるんですか! あきれた。わたしも小さいころにさんざん聞かされました」

「そうなんだ。でも茉莉ちゃんは怖い話に関心がなさそうだね」

「聞かされつづけて、飽きちゃったのかも。でも、この作品がお化けと言われれば、確かにお化けっぽい。母さんが書いた『暗くない森』にも、こんな雰囲気のものが出てきます」

「ぼくも半年前に読んだよ。面白くて、せつなくて、すごく怖かった。東京から田舎に来た少年と少女が、森に潜むものに出会い、なかよくなるんだよね」

「そして二人が東京へ帰ると、森のものたちは追うんです。東京は少しずつ、森に侵食されて」

動いた。

広場の中央の人型たちが、いっせいに向きを変えた。

「うっ」

「ひっ」

優也も、茉莉も、思わず大声をあげそうになり、なんとか押しとどめる。

二人が目を丸くする前で、人型は何度も向きを変える。よく目を凝らせば、人型の足の下に台座があり、回転していた。

「驚いた。ときどき動くようになっているんですね」

「茉莉ちゃんも知らなかったの?」

「パンフレットは買ってあります。でも先入観を持たないように、作品解説は読んでない、あっ!」

また、茉莉の口から悲鳴が洩れた。人型が動きはじめたときとは異なる音色の声。

背後からまわった優也の両手が、ブラウスのふくらんだ胸を抱いた。驚いて身体を硬くする茉莉の耳に、優也が小声で告げる。

「お化けたちの中に入ろう」

優也は自分が決意したことが不思議だった。繭が書いた物語を思い出し、タイミングを合わせたように人型が動くのを目にして、心が動いた。今も次々と回転して向きを変える人型たちに、自分たちの中に入ってこいと誘われているように感じる。

それとともに、ここで茉莉ちゃんとしたい、という欲望が入道雲のごとく湧き上がって、背後から抱きしめたのだ。

(これも、芸術の力なのかな)

もう一度、茉莉に言い聞かす。

「お化けたちの中に入ろうよ」

「…………」

茉莉は答えられず、口ごもってしまった。背後から抱かれた瞬間に、体内に不安と羞恥心が大きく広がる。

しかし母の本の記憶に呼応するように動き出した人型を見ていると、まるで母親から挑戦を受けている気がする。まわる身長三メートルの人型の集団の中から、母の白い手が伸びて、艶めかしくおいでおいでをしているイメージが、目の前に浮かぶ。

(これは、なに! まるっきり母さんが書く話みたい。わたしはそれほど強く影響を受けてるの?)

自嘲しながら、茉莉は母の挑戦とも誘惑ともつかないものを受けた。顔を、背後から抱きしめる優也へ向ける。

「はい、先生。入ります」

返事をした途端に、胸が熱くなった。

優也の腕が、乳房のふくらみに強く押しつけられて、ブラウスの表面に段を作っている。乳肉の下半分が圧迫されている感覚を、茉莉は鮮明に感じる。

(胸に先生の腕が当たっている部分が、とってもピリピリする)

処女を卒業してからの一週間で、毎日ではないが、優也に揉まれ、舐められ、愛撫された。そのたびに、豊かな乳房は悦びを感じやすくなってきているのがわかる。

しかし、今の感覚はもっと特別なものだ。