家政婦は蜜尻女子大生 初恋の君と恋人の甘いご奉仕

今度は自身に問うた。添い寝をしてもらったことで、紬に感じる懐かしいような既視感はいっそう強烈になっていた。しかもその既視感は、危険なものを孕んでいた。

「もしかして僕……紬さんと恋人になりたいって思っている?」

言葉にすると、思いがけない強さで心が揺さぶられた。

紬が穢れのない身体をこんな自分に捧げようとしてくれていると思うと、息苦しくなるほどの興奮と動揺を覚える。本番行為だけは何とか避けてきたが、そこまで仲を深めてしまったら、自分がどうなってしまうか自信が持てなかった。

「遥香先輩、ごめん……でも……あぁ、紬さん」

何て酷い男だという自責の念を覚えつつも、胸のあたりがほっこりした。

紬とセックスができそうだから、ではない。いつからそうなったのかは定かではなかったが、紬も自分のことをたいせつに想ってくれているのだということが分かり、甘酸っぱい喜びが身体いっぱいに満ちてきたのだ。

(あれ? そう言えば、お客さんっていったい誰だったのかな)

じわじわと溢れそうになり始めた歓喜を持てあましつつ、裕はふと我に返った。

玄関の様子に耳を澄ます。襖が閉じられているためよくは聞こえなかったが、何やらボソボソと話し声が聞こえた。

相手が誰であるにせよ、少し応対の時間が長い気がした。

(何かトラブってる?)

心配になった裕は布団から起ち上がった。襖に歩み寄り、引き手に手を伸ばそうとした。一瞬早く、襖が横に開く。ギョッとした。紬が立っていた。

「あっ。お、お客さん、誰だったの?」

慌てて笑顔を作り、紬に聞いた。だが紬は裕を見ようとしない。

「まだ玄関においでです」

「えっ」

「ご主人様をお待ちです」

言うと、素早くきびすを返してキッチンに入っていく。グラスを出したり、冷蔵庫を開閉したりする音が聞こえた。

(僕を待ってる?)

誰だろうと思いながら玄関に向かう。

に立っていた人影を見た裕は、思わず声を上げそうになった。

「ただいま、裕君」

満面に笑みを浮かべて、遥香が手を振る。足元には合宿の帰りらしい荷物や、見慣れたトロンボーンのバッグが置かれている。

「は、遥香先輩」

「裕君に会いたくて、一人で先に帰って来ちゃった」

遥香は舌を出して首をすくめた。

結局遥香は数時間を裕たちとともに過ごし、夕方になって帰っていった。

三人は遥香が買ってきてくれたお土産のお菓子などを食べ、紬が淹れたアイスコーヒーを飲みながら、他愛もないおしゃべりに興じた。

もっとも、盛んに口を動かしたのは、もっぱら遥香一人だったが。

「裕君。綺麗な家政婦さんね。私、驚いちゃった」

冗談っぽく言って、紬に目を向けた。

「紬さん、裕君にセクハラとかされてませんか? いやなことされたら、遠慮なくぶん殴っちゃっていいですからね。裕君の恋人である私が許しちゃいます」

「あ、いえ。そんな……」

そんな遥香に、紬は終始こわばった笑みと態度で応じた。陽気な遥香とは、いかにも対照的だった。無理もないと、裕はひたすら萎縮した。

「それにしても、こんな綺麗な人といたら勉強が手につかないんじゃないの?」

「な、何言ってるの。大丈夫だよ」

遥香に突っこまれ、裕は必死に何でもないふりをして背中に冷や汗を伝わせた。

「フフ、冗談よ。裕君に限ってそんなことないわよね。あぁ、それにしても疲れた」

遥香は機嫌よく、合宿中の出来事などを裕と紬に話し、一人で笑った。何かあったのかと勘ぐりたくなるほど、テンションが高かった。

「──裕君。私、信じてるからね」

遥香が囁き声で裕にそう言ったのは、帰ることになって玄関に向かう途中だった。

「えっ」

後ろには紬も見送りに出てきていた。小声ではあったが、聞かれた可能性もある。

さりげなく後ろを振り返った。紬は慌てて顔を背け、何でもない顔をした。

玄関ドアが閉められ、遥香が帰るやいなや、裕はその場にしゃがみ込みたくなるほどの疲労感を覚えた。もちろん遥香は何も悪くない。裕と口をきかなくなってしまった紬のことも、いったい誰が責められよう。

悪いのは僕だ──それは分かっていた。何しろ紬の「今お付き合いされている方はいらっしゃいますか?」という真摯な問いに嘘をついていたのだから。

「──紬さん」

キッチンでお茶の片付けを済ませ、休むことなく夕食の用意を始めた紬の後ろ姿に声をかけた。だが紬は振り向かない。返事をしようともしなかった。

「あ、あの。ごめんね」

流し台に向かってトントンと包丁の音を響かせる紬に謝った。

「でも僕、どうしても、その、紬さんと……あの、紬さんのことが──」

「ご主人様」

ひんやりした、氷のような声で言われた。まな板に包丁を置き、こちらに向き直る。いつもの愛くるしい笑みは影を潜め、こわばった表情のままだった。

「そういうことをおっしゃること自体、遥香さんに対する冒涜だと思います」

「紬さん」

言葉が胸に突き刺さった。

「申し訳ございません。付き合っている女の方はいらっしゃらないとおっしゃったので、それならとご奉仕させていただきましたし、わたしなりに決意もしましたが、遥香さんの存在が分かった以上、お約束はなかったことにさせていただきます」

「つ、紬さん」

「今後は、わたしに触らないでいただけますか」