家政婦は蜜尻女子大生 初恋の君と恋人の甘いご奉仕

「ラブホテル……行く?」

髪を撫でられながら小声で聞いた。だが遥香はゆるゆると左右にかぶりを振る。

「今夜、裕のおうちに泊まっていい?」

「……えっ」

意外な言葉に、裕は思わず顔を上げ、遥香を見つめ返した。遥香は絶頂の名残をとどめた艶やかな火照り顔に色っぽい微笑を浮かべ、小首を傾げる。

「続きは……裕のおうちでしよっ」

「遥香」

「ねえ、裕」

熱っぽい目つきで遥香が言った。

「私に……プロポーズしてくれない?」

「えっ」

あれよあれよという展開に戸惑い、もう一度「遥香」と恋人の名を呼ぶ。

「もちろん結婚は、まだまだ先の話でいいの。でも私、裕のお嫁さんになりたい」

恥ずかしそうにしながらも、遥香は決意を固めた声ではっきりと言った。

そんな遥香の愛くるしい姿を見つめ返し、裕はふと不思議な気持ちになる。

(あれ? ぼ、僕……昔も誰かと結婚の約束をしたような……違うかな……)

すると、はっきりしない裕に焦れた遥香が、少年の身体を揺さぶった。

「裕。お願い。プロポーズして。私、一生裕のそばにいたいの」

裕は可愛いことを言ってくれる遥香に改めて甘酸っぱい想いを募らせつつも、胸のなかにぶり返すもやもやした感情を持てあました。

今日いっぱいで契約を解除したい──家に戻ってそう告げると、紬は可憐な美貌をうつむかせ、「承知しました」と言った。

とっぷりと日の暮れたリビングルームのローテーブル。エプロン姿の紬とソファに向かいあって座る裕の隣には遥香がいた。

遥香は「女友達に頼み事をされ、相談に乗るために今夜はその娘の家に泊まる」と嘘の連絡を親に入れ、外泊に必要なものをあれこれと買いこんで一緒に家に来た。

正真正銘の深窓の令嬢である彼女にしては、かなり思いきった行動だ。

「紬さん、私今日、裕君からプロポーズの言葉をもらいました」

遥香が顔を赤らめて紬に言った。紬は「えっ」と遥香を見る。

「もちろん結婚はまだ先の話です。でも私たち二人の間では、お互いを婚約者同士として認めあうことになったんです。つまり……結婚前提の交際です。だから、明日からは私が裕君の面倒を見ます。今までご苦労さまでした」

申し訳なさそうに紬に言った。紬は虚を突かれたような顔つきで遥香を見ていたが、やがてハッと我に返り、裕に視線を転じた。

「ご、ご主人様。ご婚約、おめでとうございます」

裕に向かって深々と頭を下げる。

「あ……あの、ありがとうございます。その、いろいろとすみませんでした」

紬に対する申し訳なさから、つい答え方が硬くなった。

だが、頭を上げた紬の顔には晴れ晴れとした笑みが浮かんでいた。

「短い間でしたがお世話になりました。どうか遥香さんと末永くお幸せに」

明日の朝までに荷物をまとめて出ていきますと紬は言った。そんな紬に「分かりました」と答えた裕は胸を締めつけられるものを感じつつも、必死に自分を律した。

何しろ裕は本当に、遥香にプロポーズまでしてしまったのである。

(これでいいんだ、これで。僕には遥香っていう大事な人がいるんだから)

それではいろいろと片付けものもありますので、と言って裕たちの前を辞してダイニングに向かう紬の後ろ姿を見ながら、裕は自分に言い聞かせるように言った。

横を見ると遥香の顔からは笑みが消え、居心地悪そうにうつむいていた。

(しまった。着替えを忘れて来ちゃった)

いつものように、「お風呂が沸きました」と紬に勧められた裕は、洗面所に入ってから、下着を持ってこなかったことに気づいた。

せっかく風呂に入ったのに、また汚れた下着を身につけて部屋に戻るのも気持ちが悪い。二階に引き返すのは面倒だったが、溜息をついて洗面所を出た。

「悪く思わないでくださいね」

階段に向かって廊下を歩きだした裕の耳に、遥香のものらしき声が届いた。

声はダイニングキッチンの方からした。どうやら紬と話をしているらしい。

裕の脳裏に、こわばった顔つきでうなだれていた遥香の横顔が蘇る。

面と向かって問いただしこそしなかったが、紬に対して可愛い焼きもちを焼いているのは間違いのない事実だった。

そんな自分の心の醜さに、遥香なりに罪の意識を抱いているのだろうか。

「こっちこそ、遥香ちゃんにつらい思いをさせるようなことをしてごめんなさい」

(……えっ)

思わず足を止めた。今の声は紬のはずだった。声に聞き覚えがあったし、それより何より、今家のなかには自分を除けば遥香と紬しかいないのだ。

だが今の声が紬のものだとしたら、どうして「遥香ちゃん」なのだ。いつもの紬とは、どこか声のトーンが違う気もした。

「それはいいんです。先輩だって私だって、まさかこんなことになるなんて夢にも思わなかったんですから。ただ一つだけ、先輩に聞きたいことがあります」

(先輩? 先輩って紬さんのこと? 遥香と紬さんって顔見知りだったの!?)

二人の話をこっそり盗み聞きすることに罪の意識を覚えながらも、裕は好奇心を抑えきれずにダイニングに近づき、物陰から聞き耳を立てた。

「正直に言ってください」

こわばった声で遥香が言った。

「昨日、裕との間に何かありましたよね、ひろ先輩」

「えっ……」

遥香の問いに紬が狼狽した声を上げた。紬は──いや、ちょっと待てと裕は思う。