家政婦は蜜尻女子大生 初恋の君と恋人の甘いご奉仕

(千尋お姉ちゃん!)

多分駅に向かって歩いているはずだと考えた。朝っぱらから、今日も過酷な日射しである。息を弾ませ、住宅街の道を猛然と駆ける。

「危ない!」と千尋に腕を引っ張られた思い出の場所を通過した。

千尋と一緒に買い物をしたスーパーを横目に見て、さらに駆ける。

「あっ……」

やはり裕の勘は正しかった。片手にバッグを提げた千尋が、うつむき加減の力ない足取りで歩いていく後ろ姿を見つける。裕の心をとらえて放さない豊満な臀肉が花柄のワンピースのなかでプリプリと左右にくねった。翻るスカートの裾から覗くむっちりしたふとももも、強烈な磁石のように裕を惹きつける。

「お姉ちゃん!」

大声で、後ろ姿に叫んだ。千尋の足がピタリと止まる。

ふわりと風を孕んで髪が踊った。こちらを振り向いた千尋の顔に驚きの色が浮かぶ。

「千尋お姉ちゃん!」

もう一度叫んだ。千尋は目を剥いてそんな裕を見つめた。

裕は駆けだした。千尋に向かって。

千尋はそんな裕を見つめて呆然としたまま、その場に立ち尽くす。

「行かないで」

フリーズしたように佇む千尋にむしゃぶりつくなり、裕は愛しい年上の人の身体を激しく揺さぶった。

「お願い。行かないで」

「あ、あの……!?」

「みんな、遥香から聞いた」

「えっ」

裕の言葉に、千尋は絶句した。

二人の会話を盗み聞きして知ってしまったとは言えなかった。自分を千尋のもとに行かせてくれた遥香に恩義を感じ、そういうことにしておこうと裕は決めた。

「あっ……」

後先顧みずに往来で千尋を抱擁してしまったが、ようやく他人の目を意識できる程度にまで理性を取り戻した。

道を行き交う人々に好奇の視線を向けられていることに気づき、慌てて千尋から身体を離す。だが二本の腕を掴んだ手だけは離さない。

千尋の目がウルウルと潤みだしたのが分かった。まっしぐらな視線を向けて来る。

「……裕ちゃん」

とうとう千尋が、呼び方を変えた。垂れ目がちの柔和な瞳がさらに潤む。

肉厚の唇がわなわなと震えた。ぽろり──瞳から涙が零れ落ちる。

(あぁ、千尋お姉ちゃん)

裕はまた思う。呼び方が変わるだけで、どうして人はこんなにも心の距離が近づくのだろう。千尋に「裕ちゃん」と呼んでもらえたことで、いっそう心に弾みがついた。

「ごめんね、お姉ちゃん。すぐにお姉ちゃんだって気がつかなくて。でも、ずっと不思議だったんだ。嘘じゃないよ。どうして僕は、遥香っていう人がいながら、こんなにも、会ったばかりの家政婦さんに惹かれちゃうんだろうって──」

あれ、と思った。熱いものが頬を伝っている。自分も泣いているのだと、ようやく気づいた。そのとたん、こらえていた想いが堰を切って溢れ出す。

「自分でもわけが分からなかった。こんなことしちゃだめだって思いながら、お姉ちゃん……ううん、紬さんを求めちゃった。今なら分かるよ。紬さんが千尋お姉ちゃんだったからなんだって。お姉ちゃんが僕のもとに帰ってきてくれたからなんだって」

「裕ちゃん!」

千尋が持っていたバッグがどさりと路上に落ちた。裕の初恋の女性は可憐な美貌を涙でくしゃくしゃにし、今度は彼女の方から抱きついてくる。

「千尋お姉ちゃん。二股かけるような不誠実な男でごめんね。でも、もしも許してもらえるなら、僕……お姉ちゃんを手放したくない」

そう言うと、裕を抱擁する千尋の手に、さらにせつない力が加わった。

「遥香ちゃんに、何て言ったらいいんだろう……」

大きな乳房が、裕の胸板に当たってぷにゅっとひしゃげた。その温もりと柔らかさ──胸乳の奥でとくとくと弾む心臓の鼓動音が、裕をうっとりと感激させる。

「もう一度、ひと目だけでも見たかった。最初はそれだけだったの。ほんとよ」

しゃくり上げながら千尋は言った。首筋に顔を埋めて裕の身体を掻き抱く。鼻を啜り、赤ん坊のように頬ずりをした。泣き声が号泣に変わる。

「でも……わたし、また裕ちゃんが……好きになっちゃった」

「お姉ちゃんのパンツで、あんないけないことするような変態なのに?」

恥を忍んで聞いた。すると千尋は首筋に顔を埋めたままかぶりを振る。

「自惚れだって思われてもかまわない。裕ちゃんがわたしを見て戸惑っているのが最初から分かったの。だからあれも……」

そこまで言うと、千尋は羞恥のためか、いったん言葉を止めた。

「あれも……女の人なら誰のパンツでもよかったんだなんて思ってない。わたしの正体が分からなくても、裕ちゃんもわたしに対して同じ気持ちを抱いてくれてるんだって感じられた。だから……ちっとも変態だなんて思わなかったわ」

「あぁ、千尋お姉ちゃん!」

不思議なことに、もう往来を行き交う人々の視線などまったく気にならなかった。

裕は力いっぱい千尋を抱き返し、涙が頬を伝うのに任せた。

「あん、裕ちゃん。んっ……」

「お姉ちゃん。んっんっ……」

それから数十分後。裕と千尋はこの界隈に一軒しかないラブホテルの一室で、部屋に入るなり、立ったまま、もの狂おしく唇を求めあった。

ちゅぱちゅぱ。ヂュルパ。ピチャ。んぢゅぱ。ぴちゃ、んぢゅ。

古い邦画や、その時代を特集した雑誌などでしか目にできないと思っていた、昭和の名残を色濃くとどめたうらぶれたラブホテル。