「えっ……は、遥香先輩?」
「それも、もうおしまい」
鬱蒼とした森に入り、大きな木の陰に身を隠すように回り込むと、遥香はいきなり接吻してきた。すべらかな手が首の後ろに回る。
「んっ、先輩。ぅんっ……」
「遥香。呼び捨てにして。私、もう裕君……ううん、裕のものよ。身体まで許しあった恋人同士なんだから敬語ももう終わりね、裕。んっ……」
相手の唇をついばむようなキス。それが次第に熱烈なものに変わり、鼻息を荒らげながら口を貪りだす。どちらからともなく舌が飛び出し、相手のそれに絡みついた。
ぴちゃぴちゃ、ネチョネチョ。ぢゅるぱ。ぴちゃぴちゃ。んぢゅ。
「あっ、ううっ。は、遥香……」
少し照れ臭かったが、遥香を呼び捨てにした。
呼び方が変わるだけで、一気に距離感が縮んだ気がするから不思議だ。
「嬉しい。やっと呼び捨てにしてもらえた。裕、可愛い……」
淫靡な昂揚感が募ってきたらしい遥香の美貌は、ほんのりと紅潮した。裕を見つめる瞳にも、妖しい欲情の色が滲んで潤みだす。
狂おしく舌を絡めあった末、顔を離すと、口と口の間に涎が粘り伸びた。
「紬さんと、何にもないわよね?」
首の後ろに手を回されたまま聞かれた。とくんと心臓が跳ねたが必死に取り繕う。
「な、何変なこと聞くの。ただの家政婦さんだってば。ど、どうして、気にするの?」
後ろめたさがあるため、ついどもってしまう。背中に冷や汗が噴き出した。
「だって、会ったらあまりにも可愛い人だったから、つい心配になっちゃって」
上目づかいになり、拗ねた声で言った。どうやらデレのスイッチが入ったようだ。今まで見たことのなかった遥香の女の子らしい素顔に思わずドキッとする。
「ば、馬鹿だな。心配する必要なんてないよ。僕には、は、遥香がいるんだもの」
罪の意識を感じながら返事をした。ニコッと微笑む遥香を見るとさらに胸が痛む。
「嬉しい。裕、ここでしようか?」
「え、ここで? は、遥香……でも……」
接吻をしたことでペニスがいきり立ち、ジーンズのなかで疼いていた。
二股をかけるようなことをしている自身の優柔不断さに嫌悪を覚えつつも、身体は遥香のみずみずしい女体を求めだしてしまっている。とはいえ、二つ返事で「しようしよう」と遥香にむしゃぶりついていけるほど、厚顔でもなかった。
「いいじゃない。私、裕としたい。ねえ、裕、あなた女の人のお尻が好きでしょ」
艶っぽく潤んだ瞳が細まり、口元に悪戯っぽい微笑を浮かべて遥香が言った。
「えっ。なっ、なんでそんな風に思うの?」
ずばり嗜好の核心を突かれてどぎまぎする。たちまち顔が熱くなった。
「気がついてたのよ。私、昔から男の人に胸を見られることは多かったけど、裕はどっちかっていうとお尻の方に興味があるのねって高校時代から分かってた」
「そんなに前から!?」
「この間お風呂でエッチしたときも、嬉しそうに触ってたし。ね、そうなんでしょ。私、裕の視線を感じるたびに、いつも『可愛い』ってときめいていたのよ。恥ずかしそうに目を逸らす裕ってね、すごく母性本能をくすぐるの」
「や、やめてよ、遥香。恥ずかしい……」
「恥ずかしがることないわ。裕、今日は私のお尻で裕のしたいことしてあげる」
甘い囁き声で言われ、裕は「えっ」と絶句した。我知らず身体が熱くなる。
「ねえ、何してほしい? 恥ずかしがらないで言って。何でもしてあげる」
「な、何でも?」
心臓の鼓動が速まった。厚顔ではないと言いつつ、淫らなドキドキ感が高まる。
脳裏に蘇ったのは、紬のショーツでオナニーをしたときの妄想だ。
女の人の大きなお尻で顔を思いきり圧迫されたい──そんな誰にも言えない変態じみた願望が、裕にはあった。だが「何でもしてあげる」とは言うものの、そこまでのことを願っているとは、遥香は夢にも思っていないのではあるまいか。
(あぁ、でも、してほしい)
自堕落な欲望の炎が、あっという間に燃え広がった。
高校時代からうっとりと盗み見続けた遥香の大きなお尻で顔面騎乗してもらえると思うと、それだけで射精しそうだった。
「け、軽蔑しない?」
「言って。恋人同士だもん。してほしいことがあるのなら、叶えてあげる」
遥香の目つきにも、さらに妖しい欲情の気配があった。遊歩道を女の子たちが笑いながら歩いていく声が聞こえる。
「あの。その……は、遥香のお尻で、えと……思いきり、顔をグリグリしてほしい」
「えっ」
案の定、遥香は目をまん丸に見開いた。見る見る顔が、よけいに赤くなる。
「やっぱりだめでしょ? ごめん。嘘。言ってみただけ」
やはり変態だと思われてしまったなと苦い後悔に囚われながら、裕は目の前で手を振った。遥香はうつむき、唇を噛みしめる。
「い、いいわよ」
か細い声で言われた。今度は裕が「えっ」と目を剥いて絶句する。
「ほんとに?」
「ほんと言うと、すごくすごく恥ずかしいけど……約束したんだもん。願いを叶えてあげるって。じゃあ……どうすればいい?」
「遥香」
夢ではないかと頬をつねりたくなった。甘酸っぱい悦びが身体中に広がる。
「パ、パンツ、脱いでもらっていい? ここに座るから、後ろ向きに僕にまたがって、突き出したお尻を顔に押しつけてほしい」
ばくんばくんと早鐘のように心臓を打ち鳴らし、大木の根元を指差しながら乞うた。声が震えた。