「ちょっと、誰かあ! この人ストーカーなの。警察を呼んでぇ!!」
「ま、待ってください! 違います……違うんです! 僕は違うんですって……」
耳をつんざくようなハイトーンボイスに、動転した洋介は、咄嗟に彼女を背後から腕の中に捉えてしまった。
華奢な印象であったにもかかわらず、柔らかくも肉感的な女体に狼狽しながら、暴れる美女をぎゅっと押さえ込む。ショートカットの繊細な髪が、鼻先や口のあたりをくすぐってくる。
骨がないのかと思われるほどふわりとした肉体。若い女性特有のぴちぴちと瑞々しい肌の弾力。魅惑の手触りが、腕の中でじたばたと暴れるのだ。しかも、悪いことに、彼女のふんわりとした乳房を掌に収めていた。
(わわわっ おっぱいやわらかぁ!! って、これじゃあ本当に変質者じゃないか!)
見かけ以上に発育した乳房が、掌にやわらかく潰れている。こんな場合でなければ、むにゅりと揉みあげて、その弾力を存分に楽しみたいと思わせる充実ぶりだった。
もちろん彼女も、ただ触らせてくれるはずがない。甲高い悲鳴が、その高さとボリュームを一段と上げた。
「きゃああぁぁ! ちょっと、何をするの? 放してっ、いやああ!」
柑橘系の香水と彼女の体臭に、甘く鼻腔をくすぐられる。痴漢ならずとも、おかしな気分になって不思議はないほどの魅惑的な香りだった。
「あなたやっぱり変質者だったのね。誰かあ! 助けてえ。痴漢よ~! 誰かああ!!」
とにかく騒ぐのだけはやめてもらいたい一心で、洋介は彼女の口を掌で塞いだ。
驚くほどふっくらした唇が、掌に押し潰れる。
「お願いですから、僕の話を聞いてください。僕は、木原洋介と言って、この705号室に越してきた者で、前に住んでいた川田美里は僕の叔母……痛った!」
情けない声で、事情を説明する洋介の手指にがぶりと噛みつかれた。
「あいたたたっ!」
食いちぎられるかと思うほどの痛みに、女体を抱きすくめていた腕の力が緩む。
洋介から逃れた彼女は、そのまま逃げ出すかと思いきや、小柄な身体をぐるりとねじり洋介の顔面にハンドバッグをぶつけてくる。
ハンマー投げさながらに遠心力の助けを借りた強烈な右フックを顎にまともに受け、意識が急速に遠ざかった。
2
「ごめんねえ。本当にごめんねえ……」
身を縮め、いかにも申し訳なさそうに謝る彼女は、足立菜緒と自己紹介してくれた。
騒ぎに駆け付けた管理人が、洋介の容疑を晴らしてくれたそうだ。
情けなくも一発KOを食らった洋介は、菜緒の部屋に運び込まれ、リビングのソファに寝かしつけられている。
のされた痛みよりも、倒れた瞬間にぶつけたものか、後頭部に重い痛みが感じられた。恐る恐る手を運ぶと、小さなこぶができている。
全てを誤解と知った菜緒は、その責任を感じてか、やさしくも甲斐甲斐しく介抱してくれるのだった。
「気にしないでください。パニクった僕が悪いんです」
さっきまでの気の強い彼女と、今のしおらしい彼女とどっちが本当の菜緒なのだろうと思いながらも、自らの不明を本気で詫びた。
「いいえ。私が悪いの。夫からもよく叱られるの。お前は早とちりが過ぎるって」
「えっ! 足立さんって人妻なんですか?」
菜緒が人妻であるとの事実に、驚きとわずかな落胆を感じながらも、内心を悟られぬように平静を装う。
「そうよ。私、ひ・と・づ・ま……。うふふ、そう見えないかしら?」
「あ、いえ。そんなことは……でもなんていうか……やっぱり、見えないかも……」
「それって、私もまだまだ捨てたもんじゃないってことかしら?」
菜緒の謙遜する言葉に、洋介は真顔でぶんぶんと大きく頷いてみせた。
「うふふ。ありがとう。ところで私のおっぱいの感触どうだった? 得したね」
さりげない口調に洋介は思わず頷いてから、あわてて首を振った。
「す、すいませんでした。あれはなんというか、事故のようなもので……」
「不可抗力だもの。許してあげる。でもねえ洋介さん。部屋を間違えていたことは別にしても、あれじゃあ誤解されて当然。不審者丸出しだったもの。それに突然抱き着かれたりしたら、そりゃあねえ」
茶目っ気たっぷりのその表情は、殺人的なまでの可愛さだった。
「ストーカーって叫ばれた瞬間、頭の中ほとんど真っ白でしたから……。それにしても僕、何を勘違いして部屋を間違えたんだろう?」
「ああ、それはね、まあ洋介さんが間違えるのも無理ないかな。ここのマンションね、ホテルとかと一緒で、下一桁に4の付くお部屋がないの。だから洋介さんの705号室は、本当は704号室にあたるわけ。今どきそんなゲン担ぎ珍しいわよね」
おかしそうにクスクス笑い通しの菜緒に頷きながら、カギが挿さらなかった理由に得心した。
「だから初めてここに来た人は大概間違えるの。ここの住人でさえ時折間違える人がいるくらいだから……。それを差し引いても洋介さんは挙動不審だったぞ。でも、初対面のお隣さんをKOしちゃうなんて、やはりやりすぎました」
ぺろっと愛らしく舌を出しながら、頭を下げる菜緒。機能性重視のショートボブがしなやかに揺れると、その反動で胸元も柔らかく揺れた。
(ああそうか、この若さで人妻だからかあ……)