ハーレムマンション 僕と美人妻たちの秘蜜な昼下がり

「いいや、まだ……」

「ああ、やっぱり男の人ってダメだよねえ。きちんと挨拶くらいするものよ……」

年下の癖に、お姉さんのような口をきく菜緒だったが、いつまでも引っ越しの挨拶も済ませていないのだから言われて当然だとも思う。

素直に反省し、その翌日に、こうしてお隣に出向いたわけだ。

「はい……」

インターホンを通して、涼やかな女性の返事。

「あの、今度隣に越してきた木原と言います……」

「ああ、少々お待ちください」

ガチャとインターホンが切れる音がすると、間もなく玄関ドアの向こう側に人の気配がした。

「お隣の神谷さんの奥さん美人なんだよぉ……。ここのマンションは、美人ぞろいだけど、その中でも神谷さんの奥さんは別格。私も憧れちゃうくらい……」

美人の菜緒が憧れるくらいの女性なのだから、よほどの美人に違いないと、期待しながらドアが開けられるのを待つ。

「はい……」

柔らかなシルキーボイスと共に扉が開くと、押し寄せてきたのはバニラ系の甘い香り。どこか懐かしさを伴う匂いに、「おや?」っと思ったものの、その記憶をたどる間もなく、白魚のような手が玄関ドアをさらに押し開いた。

ロングヘアをポニーテールに束ねた淑やかな若妻が、応対に出てくれた。

菜緒が憧れる美貌をまじまじと鑑賞したいのはやまやまだが、初対面の女性をじろじろ見るわけにもいかない。

「Hな目で見ないようにね。もちろん、惚れたりしたらダメだからね!」

冗談とも本気ともつかぬ顔で、悋気を露わにした菜緒の言葉が、妙に意識されたこともあって、まともに顔を見ぬうちに頭を下げた。

「あの今度隣に……」

けれど、しゃちほこばった洋介の口上は、途中で妨げられてしまった。

「まあ、洋介くん? 木原洋介くんじゃない?」

自己紹介も終わらぬうちにフルネームを言い当てられ、「へっ?」と洋介は素っ頓狂な声を漏らして顔を上げた。

「ああ、やっぱり洋介くんだ。どうしたの、久しぶり……」

噂にたがわぬ美女が、輝かんばかりの親密な笑顔を注いでくれている。こんな美人に知り合いなどいるはずがない。その思いとは裏腹に、けれど確かにその笑顔には見覚えがあった。

どちらかと言うと和風のイメージを抱かせる美貌は、少しだけしもぶくれ気味の頬がそう感じさせるのであろうか。ただ美しいだけではなく、あどけなさにも似た透明感と気持ちの優しさが、その面差しには現れている。

清楚で飾り気のない服装とは対照的に、切れ長の目の眦にあるほくろが得も言われぬ色香を発散させている。そして、その印象的なほくろが、洋介の記憶を呼び起こした。

「えっ、うわ、やま先輩? ええっ、お、お隣って田山先輩なんですかぁ?」

思い当たった懐かしい名前を洋介は口にした。

「じゃあ、お隣に越してきたのって、洋介くんなんだぁ……」

懐かしさもあって、まじまじとお互いの顔を見合う。

やはり目を引くのは、眦の泣きぼくろ。その悩ましいほくろを、高校生の時分、洋介はよく盗み見ていたものだった。

洋介よりも二年先輩のあやは、学園のマドンナ的な存在だった。放送部に所属していた彼女は、その柔らかな声質とあいまって、はんなりとした美貌がアナウンサーとして、絶大な人気を誇っていた。そのおっとりとしたやさしい雰囲気で、男子生徒はもちろん、女子生徒からも慕われる女性だったのだ。

幸いにも洋介は、競争率の高い放送部にうまく潜り込めた口で、可愛い後輩の一人として一年間だけ綾香の近くに席を占めることができた。もちろん、名前と顔を覚えてもらえる程度の関係でしかなかったが、それでも洋介は、彼女の様子を垣間見ているだけでも幸せだった。

そんな綾香のことを、すぐに思い出せなかったのは、まさかこんなところでという思いがあったことと、少しだけ印象が変わっていたからだ。

「あれでも、田山先輩。今は神谷さんなんですね。ってことは、ご結婚されたのですか?」

「そう結婚してもう三年になるわ……。それにしても、本当に久しぶりねえ……私が高校を卒業して以来だから六年ぶりかしら? うふふ、洋介くん変わらない」

「えへへ、成長しないもので……。田山先輩は、なんか見違えるくらいきれいになりました。昔もきれいだったけど、なんていうかあのころは可愛かったと言うか、でも今は、大人っぽさが加わって……悔しいけど、人妻の色っぽさ全開って感じです」

優柔不断の癖に、思ったことをそのまま口にできるところが、洋介の強みでもある。もっとも、だから子供っぽいと言われてしまうのだが。それでも、綾香が愉しそうに笑ってくれるのだから、子供っぽいと思われても構わない。

「ありがとう。でも、少しは大人になっているみたいね。少なくとも、お口はお上手」

綾香のポニーテールが、華やかに揺れた。

「えーっ、嫌だなあ、お世辞じゃないですよ。ほんと、眩しいくらいにきれいです」

あわてて言募ったが、くすくすくす笑いが返ってくるばかり。けれど、そんなやり取りが嬉しくて仕方がない。

「なんだか、調子いいのね。うふふ、まあいいわ。ねえ、こんなところで立ち話もなんだから、お茶でもいかが?」

願ってもないお誘いに、洋介はニンマリと相好を崩した。それでも、一応、迷惑を慮るくらいの分別は残っている。