(このインターホンって、どこに繋がっているのだろう?)
不安げな表情で、三人の美女がこちらを注視している。先ほどまでとは違った視線を感じながら、洋介は応答を待った。
「はい。こちら管理人室です」
とりあえず応答があったことで、安堵の空気がその場に広がる。
「あの、エレベーターが突然止まってしまって……」
「ちょっと待ってください。今、マンション全体が停電になっていまして、原因を調べていますので」
「え、あ、ちょっと管理人さん! 管理人さーん!!」
ぶつっと音がしてインターホンが切れる。洋介があわてて呼び止めても、管理人はその場を離れてしまったのか反応がない。
「ねえ。中に取り残されているの。早く降ろしてぇ!」
洋介を押しのけ菜緒がパネルにすがるように助けを求めた。さすがに、その尋常でない様子に、洋介は彼女の顔を覗き込んだ。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
同様に不審を感じたのか、まなみが菜緒の肩に手を伸ばした。
「まあ、震えているのね……。もしかして、足立さん閉所恐怖症? わたしの友人にも同じような人がいるの……」
両腕を抱きしめてこくりと幼子のように頷く菜緒。
「やっぱりそう……。ねえ、座った方がいいわ。ね、その方がラク」
菜緒の肩を抱いたまま、まなみがその場にうずくまるよう促した。
「大丈夫。すぐにエレベーター、動き出すわよ……」
綾香も菜緒を元気づけるように、傍らに座り背中を摩っている。
「洋介くん。もう一度、連絡を取ってみて……」
まなみに促され、洋介は再びパネルのボタンを押した。
「はい。管理人室です。お待たせしてすみません」
今度はすぐに出てくれた。
「どうなりました? ここに具合の悪い人がいるんです。早く何とかしてください!」
いつになく強い口調で、洋介が叫んだ。元気者の菜緒が、こんな様子を見せているのだから相当に辛いのだろう。そう思うと、気が急いて仕方がない。
「近所で事故があり、電柱が倒れてしまったらしいのです。電線が切れて、町内一帯が停電しています。電力会社でも、どれくらい復旧にかかるかはっきりしてません。エレベーターの業者も呼びましたので、もう少しだけ辛抱してください」
インターホンから流れる管理人の説明を聞いて、まなみと綾香が両側からぎゅっと菜緒を抱きしめた。
(ごめんね。菜緒、僕があんなことを願わなければ……)
一つに固まって励ましあう彼女たちを見ながら、洋介は自分の身勝手を反省した。
3
結局、一時間も閉じ込められていただろうか。
業者が到着するとほぼ同時に、ブーンと電気が回復し、エレベーターが動き出した。
「大丈夫でしたか?」
業者と管理人が出迎える中、菜緒を抱えるようにしてまなみと綾香から先に降りた。
「大丈夫ですか?」
続く洋介にも、同じ言葉が掛けられる。
「ええ。僕は大丈夫です。それよりも、彼女が……」
菜緒を案じる洋介は、彼女たちの固まっている場所に歩み寄った。
相変わらず菜緒を守るように、まなみと綾香が肩を寄せ合っている。けれど、先ほどまでの緊迫した雰囲気はすでにない。外気にあたったせいか、菜緒の顔色もよほどよいものに変わっている。何よりも、洋介を認めた菜緒自身が、落ち着いた表情で、頷いてみせた。
「もう大丈夫。車酔いみたいなもので、降りるとすぐに治っちゃうの。お騒がせしました」
ぺろりと舌さえ出しているのを見て、ようやく洋介も安堵した。
管理人や業者も三々五々に解散していく。
引っ張ってと差し出された菜緒の手を、しっかりと握り、ぐいっと引き上げた。同様に、綾香にも手を差し伸べて、立ち上がるのを手助けする。
「それじゃあ、わたしはこれで……」
「わたしも……」
まなみだけが一人で立ち上がり、階段へと向かった。さすがに、さっきまで閉じ込められていたエレベーターに一人で乗る気にはなれないようだ。
「あの、木原さんちょっと待ってください。相談したいことがあるの……。神谷さんも……お時間大丈夫ですよね?」
まなみと綾香が頷くと、菜緒は「洋介は、お部屋にいてね」と言い置き、さっさと二人を連れて自室へと消えてしまった。
一人取り残された洋介は、やむを得ず自室に引き取ったが、三人が話し合うと聞いていては気が気でない。相談したいこととは、当然、洋介とのことに違いないのだ。
落ちつかなくなった洋介は、しきりに菜緒の部屋の方向に聞き耳を立てた。けれど、高級マンションの壁が、隣からの音を漏らすはずもなかった。
「まさか、つかみ合いの喧嘩なんてしないよな……」
一番、危ないのは菜緒だったが、閉所恐怖症で他の二人に支えてもらった彼女だけに、めったなことはないはずだ。
「それにしても静かだなあ。それはそれで怖いぞ……」
エレベーターに乗り込んだ当初の気まずい沈黙が思い出され、不安が募る。
「だいたいなんだよ。僕も当事者の一人だぞ。その僕をどうして仲間外れにするんだ?」
待ちきれない洋介は、檻の中の猛獣よろしく、部屋の中をうろうろするばかりで、何も手につかない。
「でも、そうか、一緒に呼ばれて、この中の誰を選ぶの? なんて、詰め寄られても困るんだった……」
気がつけば、その心配が残っていた。彼女たちの話し合い次第では、洋介に一人を選ばせるという結論だってあり得る。