美少女のような透明感を残しながら妖艶さを漂わせるアンバランスを、洋介はそれと納得した。
水に浸した冷たいタオルを患部にやさしく当ててくれる菜緒のきめ細かで滑らかな肌。その皮下から滲ませるフェロモンたっぷりの甘い匂いを嗅いでいると、下腹部に血が集まろうとしてむずむずしてくる。
そんな生理反応を悟られてしまわないように、あわててソファから身を起こそうとした。
途端に、ずきんと重い痛みが頭を襲った。
「ほらだめよ。まだ痛いのでしょう。もう少し横になっていて」
小さな掌でやさしく胸板を押さえられ、横になるよう促される。
至近距離でキラキラした大きな瞳に見つめられると、またしても落ち着きを失いそうになる。あわてて視線を逸らせると、今度は菜穂の胸元に行き当たった。
ふっくら柔らかくニットのカーディガンを持ち上げさせる魅惑の膨らみが、先ほどの感触を思い起こさせる。
前かがみになって、後頭部にタオルを当ててくれるため、襟元から谷間が覗けてしまうのだ。目のやり場に困った洋介は、ぎゅっと目を瞑った。抗しがたいほどの誘惑に駆られはしたが、下手なことをして彼女に嫌われたくはない。
「うふふ。洋介さんってあまり異性に免疫ないでしょう。すぐ挙動不審になっちゃう。でもそこがウブっぽくて、母性本能をくすぐられるなあ……」
冷んやりとした人差し指で、鼻先をつんと突かれた。
「ぼ、母性本能って、足立さん僕とそんなに年変わらないでしょう」
内心のドキドキをひた隠しして、彼女に突っ込みを入れてみる。
「うふふふ。まあね。たぶん洋介さんの方が年上かな。私ギリギリ未成年だもん」
「えーっ! 三つも年下なんですか? 確かに若く見えるけど、そう見えるだけで、もう少し上なのかと思ってました」
「あら、それも微妙な言い回しね。大人っぽく見えると解釈していいのかなあ? それとも、私ってそんなおばさんくさい? 所帯じみてきたのかなあ……」
言いながら自らの肩のあたりの匂いを嗅ごうとする菜緒。おばさん臭でも嗅ぎ取ろうというのだろうか。
「いやそうじゃなくて、人妻って言っていたからてっきり」
「ああ、そういうこと。私十六で結婚したの。うふふ。幼妻。主人とは三十も年が離れているの。それでかなあ。誤解されること多くて……」
急に表情を曇らせた菜緒に、洋介は首をかしげて「誤解?」と、話の先を促した。
「そうなの。ストーカーとか、変質者の悪戯とかが絶えなくて。あんなに年の離れた旦那では、欲求不満だろうとかって、メールとかいやらしい電話とか……。後をつけられたこともあって、それで余計にナーバスになっていたの」
そういうことかと、洋介は頷いた。
華やかで快活そうに見えても、その裏側では苦しみを抱えていることに、同情の気持ちが湧いてくる。
(こんなに可愛らしい女性を苦しめる奴なんて、許せない!)
若者らしい怒りにもかられた。
「足立さん。もし身の危険を感じたら、さっきみたいに大声で叫んでくださいね。隣から僕がすぐに駆けつけますから」
意気込んでみたものの、菜緒は大きな瞳を丸くするばかりで、どう反応していいか迷っているようだった。
「あれ? 僕じゃあ頼りになりませんか?」
「うううん。そんなことない。ちょっと驚いちゃっただけ。洋介さんって、もっと根性なしかと思ったから」
申し訳なさそうな表情ながらも、ストレートな物言いの菜緒。そんなところは、今どきの女性らしい。けれど、彼女の一撃でダウンしてしまうような不甲斐なさでは、頼りにしてもらえないのも当然かもしれない。
「そうですよね。あんな風に軽くのされちゃねえ……」
「うふふ。でもうれしい。お言葉に甘えて頼りにしちゃおっかなあ。昼間は主人がいないから、ちょっと不安だったんだ」
再びタオルを水に浸し、軽く絞ってから患部に当ててくれる菜緒。頬をうっすら赤く染め、はにかんだような照れたような表情が、色っぽくも悩殺的に可愛い。
「それにしても、洋介さん良いマンションに引っ越してきたわね」
「良いマンションって、叔母さんの持ち物だから……」
「うふふ、そういう意味じゃなくって……」
そう言いながら菜緒が、意味ありげに微笑む。
「ここのマンションの住人には、なぜか美人が多いの。だから、ここをハーレムマンションなんて呼ぶ人もいるのよ」
クスクスおかしそうに笑う菜緒が、その一翼を担う美人であることは疑いようがない。
「そういえば、叔母さんも黙っていれば、美人の部類だよなあ」
洋介のつぶやきに、頷く菜緒。
「そうよ。美里さんは、私の憧れの美人だったのだから。きちんと家事をこなしながら、仕事もできる女性だったわ……。ああっ! 今思い出したぁ。そういえば、美里さんから甥が引っ越してくるのでよろしくって、お願いされてたんだぁ……。つくづくごめんねえ」
そそっかしくも魅力的な彼女が、人妻であることを残念に思いながらも、これからの生活が楽しくなりそうだと洋介は思った。
第一章 菜緒/若妻との青い体験
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桜も散り、洋介はようやく新しい生活に慣れてきた。
大学からマンションまでは、電車の駅にして三つ。三十分もあれば通学ができるようになり、ゆとりの持てる毎日を満喫している。