ハーレムマンション 僕と美人妻たちの秘蜜な昼下がり

「いいんですか? ご主人……ご迷惑じゃないです?」

「ああ、主人は今日も仕事で留守にしているの。それに可愛い後輩だもの、ちっとも迷惑じゃないわ。良いから上がって」

ここまで言ってもらえれば、誘いを断るのはかえって失礼と、調子よく洋介は、うきうきしながら綾香の背中についていった。

「散らかしっぱなしで、恥ずかしいけれど……」

きょろきょろと部屋を見渡す洋介に、恥ずかしそうに綾香が言った。

窓際に置かれた小型のコンポーネントステレオから心地よいクラシック音楽が流れている。

「これで散らかっていると言うのなら、うちなんて掃き溜めです。引っ越してきてまだひと月も経っていないのに……」

掃除に来てくれる菜緒が聞いたら間違いなく怒り出すセリフを、洋介はいけしゃあしゃあと口にした。実際、そう思えるほど綾香の部屋は、きれいに掃除が行き届いていて、フローリングの床には塵一つ落ちていない。高級そうな革張りのソファや応接テーブルなどにも雑然とした様子はまるでなかった。

ふと目をやると、ボードの上に、いくつかのフォトスタンドが飾られていた。どれも、幸せそうに微笑む綾香と、優しそうな男性とのツーショット写真ばかりだ。

「この写真、ご主人ですか? 優しそうな人ですね」

「そう主人。新婚のころの写真なの……。そういえば最近は、二人で写真なんてとってないなあ」

楽しそうに話していた綾香の声にわずかばかり影が差した。明るかった表情にも寂しげな陰りが見受けられ、きゅんと胸が疼くのを感じた。

その陰りが、綾香の印象を高校時代とは変えさせていた正体と、洋介は瞬間的に直感した。

(ご主人と上手くいっていないのだろうか……)

いくら思ったことをそのまま口にしてしまう洋介でも、久しぶりに再会した相手に、そこまで立ち入った質問はできない。

あいまいな表情をつくり、あわてて話の接ぎ穂を探した。

「それにしても、田山先輩が普通の主婦をやっているなんて、想像もしていませんでした。高校時代は、それこそアナウンサーにでもなるんだろうなって思っていましたから……」

「あら、私が普通の主婦しているのおかしい? 昔から普通の女の子だったわよ」

本気で何が不思議なのか判らないといった風情で、綾香がやわらかく小首をかしげた。

学園のアイドルとしてもてはやされても、恥じらいを持って、戸惑うばかりの彼女だったから、むしろ普通の主婦はお似合いなのかもしれない。

(ああ、先輩のおくゆかしさ。高校時代のまんまだなぁ……)

「あら、ごめんなさい。ずっと立ち話しで……そこに座って」

急に気づいたように、綾香がソファを勧めてくれた。

「今、お茶の用意をするから……。ねえ、コーヒーが良いかしら、それとも紅茶?」

対面式のキッチンスペースから、綾香が問いかけてきた。

「ちょうど、美味しいパンプキンパイがあるの」

勧められたソファに腰を下ろし、背もたれに体重を預けると、思った以上にシートが深く、踵が浮いた。外人向けにしつらえられているため、あまりにもくつろぎすぎる格好になり、あわてて腰を浅くして座りなおした。

「ごめんね。そのソファ、やっぱり座りにくいわよね。気に入って、衝動買いしてしまったの……でも、お昼寝にはちょうどいい大きさなのよ。うふふ」

たおやかな肢体が、このソファの上で、艶めかしくも寝入る姿が想像されて、思わず洋介はソファの革を掌で撫でた。綾香の前では、つい高校生の頃に戻ったようになってしまう。こほんと、咳払いして、再び居住まいを正した。

「お、お部屋の雰囲気とマッチしていて素敵ですね」

部屋には、ほんのり甘い香りが漂っていた。その香りが、懐かしさを伴う綾香の匂いだと気づき、心臓が早鐘を打ちはじめる。

昔、何かの僥倖で、彼女の隣に座れた時にも、この匂いを嗅いで胸をときめかせた覚えがある。彼女が卒業してしまい、その記憶が薄れても、未だにこの匂いにだけは弱い。似た匂いと出会うたび、条件反射のように、きゅんと胸を締めつけられるような切なさを覚えるのだ。

今、再び綾香と巡り合って、この匂いの記憶が彼女に結びつくものだと思いだし、何となく合点がいった。

「あ、あの。どうぞ、お構いなく……」

遅ればせにマナー通りの遠慮を述べると、綾香がクスリと笑った。笑うと左の頬にだけ控えめなえくぼができる。そんな些細な発見がうれしい。

「うふふ。シナモンティにしたわよ。パンプキンパイにとてもあうの」

どぎまぎしながら小さく頷く洋介は、視線だけは伸びやかな肢体から離さない。

「いつも主人は帰りが遅いから退屈しているの。誰かとお茶をするのも久しぶり……」

細身のジーンズを穿いたすんなりと伸びた脚が、開放的なキッチンを忙しくクルクル回る。その姿を見ているだけでも、他愛なく楽しい。

「でもねえ、田山先輩が、僕のことを覚えていてくれたなんて感激です」

「あら、どうして? 可愛い後輩を忘れたりしないわ」

「えー、でも親しく話をしたことなんて、ほとんどなかったじゃないですか」

実際、彼女の周りには、常に取り巻きの姿があり、洋介は部の後輩と言っても、ほとんど言葉を交わすこともままならない存在でしかなかった。

「そうだったかしら? でも、私、洋介くんとのことで、忘れられない思い出があるの……。番組用のBGMだったかなあ、CDを購入するために何人かで街に出かけたことがあったの覚えてる?」