ハーレムマンション 僕と美人妻たちの秘蜜な昼下がり

「あともう少しだけでもいいからこうしていたいです」

指の間から零れ落ちていく幸福な瞬間を留めようと、細腰にまとわりつけた腕をあらためて絞る。膨らんだズボンの前が、綾香にあたるのもやむを得なかった。

「知っていたわ……洋介くんが、ずっと私のことを目で追っていたこと。今も、昔も変わらない熱い視線……」

意外な言葉が、朱唇から小さな声となって返ってきた。

眦のほくろが、色っぽく俯いたまま洋介を誘う。

胸を締めつけられるような想いにかられ、気がつくと洋介はその唇をかすめ取っていた。花びらのように艶めく朱唇に、自らの同じ器官を押し当ててしまったのだ。洋介自身ですら、自分の行動が信じられなかったくらいだから、綾香が不意を衝かれたのも当然だった。

「ふむん……!」

微かな悲鳴のようなくぐもった声を上げ、女体がぴくんと反応した他は、重ねた唇をふり払われることもなく、抵抗の素振りも見られない。それを良いことに洋介は、その唇の感触を、夢見心地で味わった。

綾香の唇は、まるでマシュマロのように、ふんわりと柔らかく、しかも甘い。愛らしい小鼻から漏れる吐息や膚下から滲みだすフェロモンは、大人のおんなの悩ましいまでの官能味をムンムンと立ち昇らせていた。

「むふうう……ふむうう……よう…すけくん……はふ……ねえ、く、くるひい……」

息継ぎも忘れて、唇を押し当てていたため、ついに綾香が音をあげた。

「あ、す、すいません」

あわてて唇から遠ざかりはしたが、未練たらたらに、細腰に回した腕は緩めない。

「もう! 洋介くんったら、こんないけない悪戯を……」

無理やりのように唇を奪ったのだから、ひどくなじられることも覚悟したが、意外なことにその口ぶりは、まるで愛らしい仔犬を咎めるようなものでしかない。

「でもね、洋介くん、こんなこといけないわ。気持ちはとっても嬉しいけれど、私はもう人妻なの」

シルキーボイスで宥められると、獣欲をコントロールしきれない自分が情けなく思える。自らの衝動が急速に萎えるに連れ、後先を考えずに、とんでもないことをしたという思いに打ちひしがれた。

「ごめんなさい。僕、先輩のこと……」

必死に言葉を探したが、頭の中がどんどん真っ白になっていく。

「もう、いいから。私もよくなかった。洋介くんに誤解させるような行動を先に取ったのは私だから……」

聖母のような笑みを浮かべ、幸いにも綾香は、後輩を思いやるやさしい先輩のままでいてくれる。けれど、自らの取った軽率な行動のせいで、気まずい空気は消え去ろうとしない。

いたたまれなくなった洋介は、弾かれたように綾香に背を向けた。

「洋介くん?」

「すいませんでした。僕、帰ります。本当にごめんなさい」

凄まじい勢いで玄関に向かう洋介。逃げ込む先が隣だと言うのも、子供のようで情けない。綾香も洋介に何と声をかければよいのか判らずにいるのだろう。背筋に視線を感じたものの、そのまま見送られた。

第三章 まなみ/元アイドル女優は未亡人

ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン──。

立て続けに鳴るインターホンの音で、洋介はようやくたどり着いた眠りから叩き起こされた。

サイドボードの時計を見ると、午前三時を回っている。二時頃に、トイレに起きたことを思うと、一時間も眠っていない。

「なんだよぉ……頼むよ、もう……」

菜緒のこと、綾香のこと、洋介の悩みの種はもっぱらこの二人だった。

激情に呑まれて綾香を抱きしめてしまったことや唇を奪ってしまったことへの罪悪感。綾香への思いを募らせる中で、コケティッシュな菜緒との甘い関係も続けている。どちらに対しても不誠実であり、己の優柔不断に嫌悪すら感じている。けれど洋介には、どちらかに思いを定めることも、どちらかをあきらめることもできずにいた。

二人への想いが、日を追って真剣なものとなっていくだけ、眠れぬ夜が続くのだ。

ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン──。

間髪を容れずに、繰り返し鳴らされるインターホンに、仕方なく洋介はベッドから抜け出した。この鳴らし方であれば、悪戯であろうはずがない。

心当たりと言えば、菜緒か綾香だが、二人とも夫のある身で、こんな時間に訪ねてくるはずもなかった。

「こんな時間に、誰だよ……」

防犯上、直接玄関で応対せずに、インターホンに出るべきだとは判っている。けれど、洋介が寝室に使っている部屋は、玄関からすぐの場所にある。必然的に、洋介は半ば、ぼーっとした頭で玄関へと向かった。

ピンポーン、ピンポーン、ドンドンドン──。

しつこくインターホンを鳴らされた上に、ドアまで叩いているようだ。

洋介は、少し苛立ちながら、裸足のままたたきに下りた。

念のためドアスコープから外の様子を覗くと、女性らしい人影がそこにあった。けれど、その姿は菜緒でも綾香でもない。

「どなたです?」

U字金具タイプのドアガードを掛けたまま、玄関ドアを開け、細い隙間から外に声をかけた。

「どなたって、あなたこそどなた? わたしのウチで何しているのよぉ?」

ろれつの怪しい女性が、隙間から中の様子を探るように、顔を近づけてきた。

気圧されるほどの美貌ではあったが、その顔には見覚えがあった。