ハーレムマンション 僕と美人妻たちの秘蜜な昼下がり

まずいことに、それは菜緒の姿だった。彼女もこちらの姿を認めたようで、冷たい視線が向けられている。

もはや、マンションは目と鼻の先で、逃げ隠れしようがない。まして、そんなことをしようものなら、今度はまなみに不審に思われる。どうにも仕方なく、洋介は、そのまま歩き続けた。

「なによ。洋介。やけに仲がよさそうね。そちらは、805号室の木原さんよね」

マンションのエントランスで、仁王立ちになって待ち構えていた菜緒が、いきなり宣戦布告した。

気の強い若妻が、このまま見過ごしてくれるはずもない。けれど、こんな場所でいきなり修羅場になるとは思ってもみなかった。

「あ、あの706号室の足立さんですよね。洋介くんがいつもお世話になっています」

窮する洋介を見かねたのか、まなみが口を開いた。けれど、その挨拶には洋介も驚いてしまった。聞きようによっては、まなみまでが、宣戦布告しているようなのだ。

よくよく考えれば、女優などを生業とする女性なのだから、プライドも負けん気も人一倍で不思議ないのだ。

しかも、もう一つ意外だったことは、まなみが菜緒の存在を知っていたことだ。

同じマンションのことだから、互いに顔見知りなだけかもしれないが、まなみの口調からすると、全て知った上で、それをおくびにも出さず、洋介に接してくれていたらしい。

「あら、宅がお世話に……なんて挨拶、今どき流行らないわよ」

相当にカチンと来たらしい菜緒は、頬を紅潮させている。自分では収拾をつけられそうもない洋介は、そんな若妻を怒った顔もきれいだなどと、他人事のように思った。

冴えない大学生の自分をめぐり美女たちが争うなど、どこか現実感に乏しく、実際の出来事に思えないのが、正直なところなのだ。

しかし、間の悪い時と言うものは、立て続けに悪いことが続く。

「洋介くん。どうしたの? 何かあったのかしら?」

背後から耳慣れたシルキーボイス。振り返るまでもなく、綾香の声だ。

この数か月、美女に囲まれて恐ろしいほどバラ色の日々が続いていた。そのしっぺ返しを受ける時が、ついに来たと、洋介はがっくり肩を落とした。

菜緒、綾香、まなみの視線を後頭部に感じながら、エレベーターを待っている。

気まずい沈黙に、押しつぶされそうになりながらも、誰も何も言い出そうとしないことに内心ほっとした。いくら調子のいい洋介でも、三人にそろい踏みされては、青い顔で冷や汗をかくしかない。

(早くエレベーター来ないかなあ……。でも、どうしよう、このまま、まなみさんの部屋に行くわけにいかないよなあ……)

なかなか降りてこないエレベーターに焦れながら、洋介は身の振り方を考えている。

三人の美女をあきらめきれないだけに、思考がほとんど停止してしまっている。

(どんなに考えても、三人とも大好きで、選ぶなんて僕にはできない……)

つくづく自分の優柔不断を呪ったが、いまさら後悔しても遅いのだ。

チーン──。

バカみたいに能天気な音がして、エレベーターの扉が開く。先陣切って乗り込んでから、洋介は次なる行動に窮した。すぐに行き止まる小さな箱で、身体を反転させる勇気が湧かないのだ。

当然のように、三人の気配が背後に続く。けれど、まさか、いじけた子供のように箱の隅をずっと見続けるわけにもいかない。やむを得ず洋介は、大きな身体を縮こまらせながらも、身体を反転させた。

三人の誰がボタンを押したのか、ゆっくりと扉が閉まり、ぶーんと音がして上昇がはじまる。

相変わらず、誰も何も口にしない。もしかすると、このまま部屋のある階に着いてしまうかもしれない。けれど、それはそれで洋介には、不都合だ。

(えーっ。僕はこの後、どうすればいいんだ? このままじゃ不誠実すぎるって……)

このまま自分の部屋に篭ることも可能な気配だ。けれど、それでは三人いっぺんに振られることが目に見えている。だからと言って、三人への想いが本物なだけに、この短い時間に誰か一人を選ぶなど到底不可能だ。

(どんなに気まずい雰囲気でも、このままエレベーターに止まって欲しい!)

そんな洋介の現実逃避の想いが、奇跡を呼んだ。

五階を過ぎたあたりだろうか、突然、エレベーターが上昇をやめてしまった。それも、がくんと不自然な止まり方をしてのことだ。

ふっと照明が消え、赤色の非常灯が薄暗く灯った。

「ちょっと、なあに?」

「こんなところで、故障? 私たちどうなるの?」

色めき立つ女性たち。助けを求めるような視線が、洋介に集まった。

「え、ぼ、僕じゃないよ。何もしていないから」

念力が通じたことに驚いている洋介は、ぶんぶんと首を振ってみせた。

「当たり前でしょぉ。洋介はここに居るのだから……。そんなことよりも、何とかできない? 私、早く降りたい!」

さっきまで強気を見せていた菜緒が、青い顔をして言い募った。お腹でも痛いのか、脂汗まで流している。

「あ、ああ……。ええと、確か緊急連絡用のインターホンがついているはずだけど」

菜緒のただならぬ表情に気圧されて、洋介はエレベーターの操作パネルに取りつき、外部との連絡を取るマイクを探した。

「あった。このボタンを押すんだ!」

パネルの一番上についているボタンを押すと、プルルルーッと呼び出し音が鳴り響いた。