「森口さんはまだまだ新婚さんだから、旦那さんに対する不満なんてないでしょう」
「そうよね、まだまだラブラブって感じでしょうからね」
カレイを切り分けた拓実が、やっとピーマンに手をかけた瞬間、悠里の隣に立つ主婦が口を開き、拓実の隣に立つ主婦がそれにつづいた。
「そんなことないですよ。一昨日、お風呂の電球が切れちゃったんですけど、替えてくれないんですよ。私は高いところが苦手なんで、脚立にのぼるのも足が震えちゃうのに。お陰で、脱衣所の明かりを頼りに、お風呂に入っているんですから」
「あらあら、そんなのまだ可愛いほうよ。そのうち、ちょっとしたことでムカッと来るときがくるから。でも、もう電球切れちゃったの? 春に越してきたんでしょう」
「そうなんですけど、お風呂の照明は部屋のと違って元々ついていたやつですから」
「ああ、なるほどね」
納得したように、悠里の隣の主婦が頷いている。
(脱衣所だけの明かりを頼りに、悠里さんが裸に……)
ピーマンとタマネギを乱切りにし、無関心を装いながらも拓実は脳内で想像を逞しくしていた。薄明かりを頼りに入浴する若妻の姿。たわわな乳房を素手で揉み洗うさまが脳裏にチラつき、チノパン下のペニスが鎌首をもたげようとしてしまう。
「ねえ、そういえば、秋山くんって家の方向、森口さんと同じなんじゃない」
「えっ? あぁ、確かに同じバスですけど。僕よりも二つ前の停留所でしたっけ?」
隣に立つ主婦に妄想を中断され、ハッとさせられたが、なんとか答えを返した。
料理教室の初日、帰宅しようとした拓実はターミナル駅のバス停で悠里を見かけたのだ。向こうもこちらに気づいてくれたこともあり、話をしながらの帰宅となった。そのとき悠里は、拓実がおりるバス停の二つ手前でおりたのである。
「ええ、そうよ。スーパー前の停留所。そこから徒歩二分くらいかしら」
「だったら、帰りに寄って、替えてあげなさいよ。どうせ、夏休みに料理教室に通っているくらいだから、暇なんでしょう」
「へっ? はあ、まあ、確かに暇って言えば、暇ですけど……」
推薦で大学進学が決まったからこそ、来春からの一人暮らしに備えて料理教室に通っているのだ。友人たちは受験勉強をしている者も多く、気軽に遊びに行くような状況でもない。それを指して暇と言われれば、確かに時間だけはある。
(そりゃあ、悠里さんの家にお邪魔できて、二人きりになれたら、こんな嬉しいことはないけど……)
「でも、いきなりお邪魔するんじゃ、森口さんにもご迷惑になりますし。日を改めて」
「男の子がそんな細かいこと、気にするんじゃないわよ。どうなの、森口さん」
料理教室でたまたま一緒になっているだけの高校生を、新婚の家にあげることに抵抗があるだろう、という思いと、部屋が散らかっていたら躊躇するのでは、という思い遣りからの言葉を、ベテラン主婦は一笑に付すように切り捨てた。
「私も、取り替えてもらえるんなら、大歓迎です。何日も薄暗いお風呂に入りたくはないので。悪いけど、今日の帰りいい? それとも、今日も居残りレッスン?」
「いえ、今週は先生、お忙しいみたいなんで、居残りはなしなんです」
先週の金曜日。優しく絡みつく熟襞に大量の白濁液を叩きつけたあと、恍惚の表情で見つめ合い、甘い口づけを交わし合った。
その後、着替えを終え調理実習室をともに出た際に、熟妻から「来週は予定があって無理だけど、再来週はまた居残りレッスンよ」と妖しく囁かれていたのである。
「それじゃあ、いいかしら?」
「はい、分かりました。それでは帰りに」
悠里が少し申し訳なさそうな顔をしながらも、どこか期待の眼差しで拓実を見つめてきた。その眼差しだけで、胸がキュンッとなりつつ、こくりと頷き返す。
(ヤッタ! 悠里さんの家にお邪魔できるなんて……)
さすがに晴恵や千佳子とのような関係になれるとは思わない。なんといっても悠里は新婚さんなのだ。それでも、憧れの若妻の家を訪れるオフィシャルな理由ができたことには、正直胸が高鳴ってしまう。
「皆さん、そろそろお魚とお野菜は切り終わりましたか。次に移りますよ。白身魚にまぶして揚げるための衣を作ります。といっても、難しいことはなにもありません。溶き卵一つに片栗粉二分の一カップを混ぜて、そこに切ったお魚を入れるだけです」
レッスン終了後、拓実が悠里の家を訪れることが決まった直後、講師用調理台の前に立つ千佳子が、次の手順についての指示を出してきた。
(千佳子先生、まったくいつもと同じだよなぁ。本当に先生とエッチしたんだろうかって、思っちゃうよ。夢だったんじゃないかって)
熟女講師は、いつもと変わらぬ優しさを湛えた表情で拓実と接してくれていた。初体験後の晴恵もそうだが、まったく周りに気取られることのない自然さには感嘆させられる一方、自分との関係などその程度のことなのだと思うと、寂しさも覚える。
「拓実くん。ボーッとしてないで、ちゃんと聞いてね。これから、一番重要な甘酢あんの作り方を教えるんだから」
「えっ、あっ、はい、すみません」
意識が明後日の方向に飛びそうになった直後、千佳子にいきなり名指しで注意を与えられた。一気に現実に戻され、慌てて返事を返す。すると、母性的な優しさの中に、ほんの少しの艶めきを含んだ笑みを送られ、思わず頬を赤らめてしまった。