不貞妻 詩織 視線を感じて、私……

味覚も嗅覚も料理を美味と判断しているのに、全く心が躍らない。結果、三割近く料理を残す事になり、場違いに感じているのも相まって居た堪れなさが胸を衝く。

「じゃあ、ワインを飲み終えたら出ようか」

だからユウゴの申し出は渡りに船だったのだが──。

(逆に考えれば、ワインを飲むまでは店から出さないって事。何を企んでいるの?)

異常性欲と執着欲を兼ね備える男の思惑を、勘繰らずにいられない。

きっちり身を覆った上着とは対照的に、心許ない丈のスカート。当然隠せないでいる生足が、執拗なユウゴの視線に炙られ、早くも汗ばみだしていた。

詩織がしきりにそわついている理由は、それだけではない。

「約束通り穿かずに来てくれてありがとう。やっぱり君はボクが見込んだ通りの人だ」

ミニスカートの裾をぎゅっと握って離さない若妻の頬の紅潮を見て取って、眼鏡越しの細目を見開いたユウゴがまた、にんまりとイヤらしい笑みを浮かべた。

「従わないと、写真や動画を夫に見せるつもりなんでしょう。だから……仕方なく、そうしただけ。それだけです」

あまりの憎らしさに詩織が声を荒らげかけると、わざと目線を移ろわせ、周囲の人の目を意識させようとする。まんまと嵌まって口を噤んでしまった悔しさが、スカート裾を掴む拳の震えとなって顕在化した。

「私は……あなたが望むような変態じゃないし、なるつもりもありません」

短めのスカートの下には何も着けずに来て。呼び出しと同時にそう伝えられた際に耳を疑ったのは紛れもない事実。半時間の自問自答を経てようやく決心し、指示通りの服装に下肢を包んだのだ。

タクシーに乗り込む際にも、腿をわずかでも開くと奥が覗けてしまうのではと気が気でなく、運転手が振り返っただけで緊張と羞恥に見舞われた。車が走行し始めてからも、バックミラーで凝視されている気がして、ひたすらに俯いて、実際には在りもしない想像の中の恥辱を噛み締めるばかりだった。

単なる自意識過剰。そう頭では理解していても、視線に炙られる悦びを忘れられない肉体が、独り善がりな妄想を望み、生み出してしまう。どうすれば止められるのか。性的経験の少ない二十八歳の若妻には見当もつかなかった。

「タクシーから降りた詩織が、真っ直ぐボクの胸の中へ飛び込んできた時は、年甲斐もなくドキッとしたよ」

「あれはっ……足がふらついて、立ってられなかったからっ……」

運転手の目から逃げるようにホテルのロビーに駆け込んだ直後。陵辱者たる男とはいえ、見知った顔を見つけて安堵したのもまた、事実。

歩み寄ってきた彼の肉々しい胸に、ふらつく身体を受け止められて、緊張がずっと潮引くように失せた。触れ合ったユウゴにはそれも筒抜けだったに違いない。

「ドキドキしたでしょ?」

「してません。する、わけがないわ……」

今だって、心許なさに股肉が怯えている。わずかに身じろいだだけで摩擦がダイレクトに伝わる状況にあって、この上ない緊張が下肢を張り詰めさせていた。

「あの時だって、あなたが強引に引き留めるからっ」

一連の挙動で人目を引いてしまったために早くロビーを立ち去りたかったのに、ユウゴは「少し休んでいこうか」などと言い放ち、足止めを仕掛けてきた。彼にのみ聞こえる声量で拒否する意思を伝えれば、今度は支えるふりしてスカート越しの尻に手を這わせ、さわさわと人目のある中撫で回し。

「やめて、って、何度も言ったのに……っ」

「か細い声だったからねぇ。聞き逃しちゃった。というのは冗談でぇ」

憎らしい男の物言いに目を剥けば、わざわざ横に席を移ってきたユウゴの手が、今度は太腿へと撫でついた。

「やっ、やめて。こんな所で……誰かに見られたらどうするんですっ」

「そのスリルがいいんじゃないか。……でも、ばれたくないのなら声。潜めないとね」

(う、ぅぅ……っ。どうして、私だけが……いつも、いつもっ)

男は好き放題に欲を満たしているのに、汚される側の自分だけが我慢を強いられる。喘ぎを押し殺す口を開くわけにもゆかず、腹立たしさも胸の内に押し込めるしかない。

溜めに溜めた焦燥が一挙に噴き出せばどうなるか。散々快楽の波に呑まれたひと月前の夜に身に染みているのに、そこへ至る道しか残されていない。そのどうしようもなさも焦れとなって堆積し、ユウゴの視線が舐りつく太腿に汗と震えを纏わせた。

「……その割にはお尻をフリフリ揺らして、堪らないって顔してたじゃない。ロビーにいた客のほとんどが詩織のムチムチヒップに目を奪われてたよ」

「……っ、あ、あなたの見間違いか、妄想の産物よ……。私は、そんな、はしたない女じゃ、ない……」

言われるまでもなく、肌で感じていた。大半は奇異に思っての視線ですぐに逸れてしまったが、中にはユウゴほどでないにしろネチネチと追ってくる視線も二、三あり、今思い出しても、スカート内の尻と、汗ばむ内腿、特に視線を浴びた両部位に煩悶の火照りが再来する。

「エレベーターの中で確認した時だって、熱々になってたよねぇ」

「あれは……あなたが弄り回すからっ」

弁解になっていないと気づきながらも、他の言い回しが思い浮かばなかった。

エレベーターに乗ってすぐにユウゴの手がスカートの内へと潜り入り、ノーパンの事実を確かめられた。尻肉をまさぐり捏ねただけにとどまらず、前に回り込んだ手で鼠蹊部を摺り、陰唇の外に茂る恥毛を摘まんで引っ張って弄ぶ。決して女陰自体には触れずに、詩織の股に焦れと疼きだけ仕込んで、嬉々と嗤っていたユウゴ。