不貞妻 詩織 視線を感じて、私……

今では週三、四回。ユウゴに会えない期間が長引くと日課となる事もあった。

同じ性癖を有し、適切な刺激を与えてもくれる彼との交合は、今や欠かせぬもの。

定期的に彼が「本当の詩織」を剥き出してくれるお蔭で、「竹谷幸太郎の妻」を演じる日々の中でも己を見失わずにいられるのだ。

(幸太郎さんが望む「竹谷詩織」は、もうこれなしじゃ、保てないの)

それが清廉のみを尊ぶ夫に対する愛情だとも、復讐だとも思わない。義務的にこなす日々を続ける事で、不貞の言い訳を拵えているだけだ。

「ふ、ぁ……っ」

女の心情を嗅ぎ取って、ユウゴが抱き締めてくる。彼の腕に包まれ、胸板に頭をつけた瞬間に、不安と怯えが雲散霧消した。身を預け慣れたこここそが、私の居場所。再認識できた事で、会えぬ間に生じた心の空白──寂寥が、瞬く間に埋まる。

ほどなくして、自宅を出る際に期待した通りのネチネチとした接吻が始まった。馴染んで久しい二つの口唇が、勝手知ったる様子で互いの口内を行き来する。絡まり混ざった唾液が泡を立て、粘りを増して糸を引く。

口づけの終わるタイミングはいつも、互いが同時に感極まる瞬間だ。

「……ぷはっ。すぅ……はぁぁっ。あ……ンッッ」

舌同士を擦り合わせる際のユウゴのうっとりと見つめ返してくる様に、強い恋慕の存在を嗅ぎ取って、詩織は呼吸を整えるのもそこそこに身震いする。

舌や唇の摩擦がもたらす疼きもさることながら、やはり「見られる悦び」が大きく響き、早々に女陰の疼きが再燃した。

「はひぃ、もう勃っちゃった。これで外歩いたら変質者扱いされるかなぁ」

おどける彼の股間の雄々しい膨らみを目に留めて、もじつく内股の付け根で熱い飛沫が滴るのを知覚する。その熱と汁気が、薄手のドレスの下のショーツにべっとり、染み広がってゆくところまで感知して、余計に腰のくねりが増してしまう。

(全部曝けだした私と、どこまでも同類な人。だから……)

──何でもわかり合える。離れられない。離れたく、ない。

偽らざる本音を上目遣いに乗せ、同様に注視する彼へと届け伝える。今宵で四度目となる「夜の散歩」への期待をありあり示した互いの瞳を覗き合い、また三分強のねちっこいキスを重ねた。

「……じゃあ、脱いでくる……ね。すぐ済ませて戻るから」

酸素を欲して喘ぐ以上に、ときめきに溺れて高鳴る胸を我が手で押さえ、告げた詩織が奥の部屋へと向かう。

初めて結ばれた場所でもあるユウゴの寝所につくなり、いそいそとブラとショーツを脱ぎ外し、次いで、左手薬指に嵌まるリングを慣れた所作で取り去った。慣れた様子で畳んだ下着の上に、いつも通り指輪を乗せる。

どれも、本当の自分を露出するのに邪魔な代物だから──。脱ぎ外したばかりのそれらを拘束具のように捉える詩織の目には、何の感慨もない。

全てを曝すのに邪魔だから、真っ先に外す。それだけの事。習慣を淡々とこなし、待っていてくれた恋人に向き直ってようやく、物憂げだった美貌に微笑が浮かんだ。

「それじゃあ、行こうか」

脱ぐ様子を見つめ続けていたユウゴがニマァッと嗤う。その視線は、拘束するものが減って丸みが浮き立つ、ドレスの奥の双乳へと刺さりっ放し。

(じっと見つめてくる時のユウゴ君の顔が好き。感情剥き出しで、すごく求められてる感じがして、心の底から嬉しくなれるから)

二十八歳の彼に君付けはどうかとも思うが、何より当のユウゴが当時同様の君付けで、当時と違い名前で呼ばれる事を喜んでいる。彼の笑顔を見たいがため呼称している側面もあり、連ねるほど愛着が湧いて、定着してしまった。

視線同士がそうしているように、互いの手指を絡ませ、摺り愛で合う。これも、どちらが言い出したのでもなく、自然発生的に定着した二人だけの決め事の一つだ。

「ちゃんと今日のコースも下見済ませてあるからね」

囁く彼の言葉に、信頼を超えた情愛が沸騰する。恋人の温みを堪能するため身を寄せた詩織の胸には、ただただ期待と喜びだけが敷き詰められていた。

「今日はここで、たっぷり痴態を見てもらおうよ」

手を繋ぎ歩く事、十数分。自身の住まいと同じ区に所在する公園の入り口で、中へと続く道をユウゴが指し示す。部屋着のまま出てきた彼の足取りはうきうきと弾みっ放しで、行き先を示す間も足踏みをやめられないでいる。

彼の露骨な喜び様を見るにつけ、詩織の期待も増大の一途をたどった。

時刻は八時を回り、すでにとっぷりと広がった闇が、彼の示す先を染めている。舗装された遊歩道に沿って一定間隔で配された街灯がぽつぽつ照らすのみの夜の公園は、絶妙な加減で潜む気配をぼかしていた。

けれど、ユウゴは「見てもらおう」と言った。つまり、確実に人は潜んでいるのだ。

(とうとう人前で……恥ずかしい事、しちゃうんだ。いっぱい、見られちゃう……)

過去三度の夜散歩では、人通りのない夜道を選んで歩む事に終始した。道中ユウゴに胸や尻、女陰を愛撫され、以前同様に夢想の囁きにも浸って、たまりかねたところで路地に翻し、野外セックスに溺れる。それもまた禁忌の甘露に満ちたものには違いなかったが、今宵のための下拵え、予行練習でもあったと、改めて振り返ってみて思う。