不貞妻 詩織 視線を感じて、私……

平日の日中。夫ではない男の呼び出しに応じての密事。数週前に体験した野外での放尿と絶頂の背徳的快感を思い出さずにいられない。

そのさらに先を、期待せずにいられない状況が、物の見事に揃ってしまっていた。

「……っ」

前回の密事から昨夜までの間に幾度となく試みたアプローチに対し、夫は最後まで知らんぷりを決め込み、応じてはくれなかった。それに対する強い諦観が、後ろめたさを乗り越えてなお余りある期待へと変わって、今、不貞妻の身の内を巡っていた。

「……眩し……」

まだ春だというのに、夏の如く照りつける青空を仰ぎ見る。その際、眉の上にかざした左手の薬指に嵌まる結婚指輪が、陽を浴びて殊更ギラリと煌めいた。

最初にユウゴに犯された夜も、口での奉仕を命じられた夜も、今も視線の先にある路地裏で自ら女性器を開くように命じられた時も。意識せずとも汚れぬよう庇ってきたその指輪が、不意に疎ましく思えてしまう。

「……やぁ。やっぱり、来てくれたね」

ホテルのある方向からユウゴが歩み寄ってくる。

彼の姿を目端に捉えた瞬間から、詩織は内腿同士モジつくのを止められなくなった。彼の顔と股間を交互に凝視する事も、呼気が乱れるのも、抑えられない。

「……じゃあ、行こうか」

全て眼鏡の奥の眼で見透かしたユウゴが、にんまり笑って手を伸ばしてくる。払い除けて然るべきその手に抱き寄せられるまま、詩織は男の腕の中に身を収め、ただただこれから起こる出来事を夢想し続ける──。

第五章 あの頃に戻って

午後三時を少し過ぎた頃。

「じゃあ、今日はこれを着て……しようか」

予約してあった部屋に着くなり、ユウゴは詩織にひと揃いの衣服を手渡した。

「え。これ……って」

前面に二つボタンが付いた紺色のブレザーと、青系統の色でまとめられたチェック柄スカート。白いカッターシャツに、その胸元を彩るためのリボン。さらには紺のハイソックスに、当時使っていたのと同じ形状の眼鏡まで取り揃えられた一式の衣装。

高校に通っていた当時に毎日身に付けていたものを、制服のみならず小物まで含め再現した一式の衣装。手渡されてすぐにそれと思い当たった詩織の目が驚きに見開かれ、用意した男の顔を仰ぐ。

ユウゴは悪戯を披露する子供のような自慢げな顔つきで見つめ返してきた。

「ボクも着るから。当時にもしボクと詩織が付き合ってたら……って設定で、今日はやってみようよ」

手荷物から男子用のブレザーを取り出して見せながら、提案するユウゴ。相手の意図が掴めず、詩織は困惑を表情で示す。

(今日は「確かめる」つもりで来たのよ。なのにコスプレ……なんて)

幸太郎の望む姿と、ユウゴが望む姿。どちらが本当の自分に近いのか。最後の確認のために、ユウゴの誘いに応じたのだ。それなのに。

「絶対に今でも似合うと思う。だから。ねっ。お願いだよぉ」

ねちっこい口調でなお言い募るユウゴを無碍にしては、その「確認」自体行えない。

(……高校当時の気持ちに戻って。それも、いいかも)

幸い、と言っていいものか迷うところだが提案内容そのものに対する抵抗はさほどなく、ならばと頭を切り変えた詩織は、小さく一度、随分馴らされてしまったなと自覚もしつつ首を縦に振り、同意の意思を伝えた。

「やったぁっ。へへ、楽しみだなぁ。高校生の篠宮さんといちゃいちゃできるなんて、また一つ夢が叶うよぉぉ」

大人が子供のようにはしゃぐ、そのちぐはぐさが相変わらず気味悪い──はずなのに、今日は喜ばれている事の方が強く印象に残り、満更でもない気分だ。詩織は自身の心境変化を訝しく思いながら、促されるままベッド前へと移動した。

「じゃあ、着替えるから……」

元より着替え中に席を外してくれるとは思っていなかったが、ユウゴの顔色を窺う。

「ちゃんと記念写真も撮ってあげるからねぇ」

スマホを構える彼の姿を目に留めて、期待通りだ、と思ってしまった。条件反射の如く胸が高鳴り、赤らんだ頬と目元がうっとりと緩む。

(これが、本当の……私。なの……?)

惑いながら踏み出そうとする詩織を追認するように、ユウゴは何度も頷き、カメラ越しの熱視線を差し向ける。

着てきた衣服を一枚ずつ脱ぐさなかにも、肌に舐りついてくるユウゴの視線。それを恐れなくなったのは、いつからだったか。

「……っ、ぁ……っ」

シャツを脱いだ瞬間に期待した通り、即座にユウゴの視線が、桃色地に黒のフリル装飾が施された派手なブラに舐りつく。桃色カップに包まれた乳房と、その谷間にも、火照るほどの熱が突き刺さる。

「図書室で覗いた黒いパンティーも良かったけど、今日のパンツも可愛いよぅ」

十年前の詩織がただ一度行った秘密遊戯を、まるで昨日の事のように語るユウゴ。すでに高校生になりきって、否、戻っているのだと気づいて、詩織も自然と当時の意識に戻ってゆく。

「……いつも。ずっと私を見て、覗いて……た?」

「うん、毎日毎日、ずっと見てたんだよ。夏服にブラが透けてた日はそれだけで五回ヌイた。黒パンが見れた日は即日七回、通算では百を超えてるよっ」

見られる悦びに目覚めていない頃であれば、怖気が奔って逃げ出したに違いない偏執的な告白。

なのに今は、火照りの溜まった桃色カップの裏地と、視線を意識して勃起した乳頭とが摺れて喜悦の渦を生み、同時にへその奥が、キュンと疼く。