不貞妻 詩織 視線を感じて、私……

自分好みに仕立てた女を大衆の目に披露したかった。だとすれば、その点で彼と自分は同類だ。だが、詩織の本当の姿を知ろうともしない。詩織を満足させてもやれない。そんな男は伴侶として不適格。

(詩織を本当に愛してやれるのは、ボクだけだ)

詩織だって偽りの仮面を剥がしてもらいたいと思っている。制服プレイに応じ、結婚指輪を外す際もさほど躊躇しなかったのは、そういう事だ。

「……パイズリしてる最中、旦那さんの事、思い浮かべたりした?」

確信を抱いてはいたが、あえて言葉で確認する手順を踏む。それにより詩織に自覚を促す狙いもあった。

「ど、どうして急に。そんな事……聞くの?」

どう答えたものか思案しているのか、詩織は俯き、押し黙ってしまう。けれど時折チラチラと上目遣いに仰ぎ見てくる眼鏡越しの瞳が、迷いを断ち切ってとせがんでいるように、思えてならない。

(いいよ。ボクが、本当の君を教えてあげる)

まるで囚われの姫を魔王から救出する勇者の如き心持ちで、自己陶酔したユウゴが舌舐めずる。そうして潤した唇で、お互いが最良のパートナーであるのを知らしめる、最後の手順を口にした。

「続きはバルコニーに出て……しようか。セックス、しよう」

丸四か月堪え、飢え続けた女体に「セックス」という単語がどのような響き方をするか。理解の上でとどめを刺す。

「つ、続き……なら、また高校生の恋人同士の設定……でする、んだよね……?」

「……もちろん!」

過去を演じる事で本来の自分を解き放てる。浅はかなれど正しい期待を秘めて、詩織の首が縦に振れる。

ほくそ笑むユウゴの股間で、また肉欲の滾りが沸騰し始めていた。

『……パイズリしてる最中、旦那さんの事、思い浮かべたりした?』

自ら舐った際の湿り気がまだ残る胸をしまう間もなく、ユウゴに手を引かれてバルコニーへと向かう途上。詩織は彼の言葉を幾度となく思い返していた。

浸っていた夢想世界から急に現実へ引き戻されて、戸惑ったから。それが答えられなかった理由ではない。

言われて初めて、奉仕中一度も幸太郎の顔を思い浮かべなかったと気づいてしまったから。気づいた瞬間も、以後も、一切心苦しさに囚われなかったから。夫への気持ちが冷めている事実に気づいてしまったのに、自然とこの先に期待して頬が緩んだ自分。それを言葉でも表情でも上手く表せなかったから、黙って俯いた。

(だって……もう、幸太郎さんの視線じゃ……駄目なんだもの)

いくら誘惑しても、夫は応じも見つめてもくれない。熱意を向けてくれない相手の視線に魅力を覚えられるはずもない。

そうした事実に気づいて以降、再度ユウゴに呼び出されるのを楽しみにしている自分がいた。路地前でユウゴと再会した瞬間から、彼と共に過ごす事でのみ得られる背徳的快感への期待が膨れ上がり続けている。

「足元に気をつけて」

「……ん……」

エスコートされるまま部屋の外のバルコニーに足を踏み入れ、そよぐ風の心地と外気の新鮮さ、遮る物のない解放感に胸躍らせた今なら、全て素直に認められる。

(私……この人と。ユウゴ君と、セックスしたくて、堪らないんだ)

彼に教えられた露出のスリルと快楽を、共に味わい尽くしたい。まださらに先があるのなら、全てこの身に教え与えてほしい。

「学校の屋上で青姦したいだなんて、詩織は本当にエッチだなぁ。……でも、そんな詩織がボクは大好きだよ。同じ性癖を共有できる、ベストパートナーだと思ってる」

今回のシチュエーションを説明し終えるなり放たれた告白が、妻である事をやめた詩織の胸に甘いときめきを孕ませた。

バルコニーに出る直前に携帯電話で確認した時刻は、六時直前。夫の帰宅する明朝十時まで、まだまだたっぷり愉しめる。

「柵を握って前屈みに、隙間から覗いてごらん。外で部活してる連中に、たっぷり、ボクらが愛し合うところ見せつけてやろうよ」

パイズリ前に取り去ったブラジャーだけでなく、汁に濡れたショーツも、すでに部屋で脱ぎ捨てていたのを、当然ユウゴも知っていた。

指示通りに胸ほどの高さの格子状柵の上部を前屈みに握り締めれば、自然と後方のユウゴに尻を突き出す格好となり、股座の全てが、背後で待つ彼の目に触れる。

(もう何べんも舐り回されたお股だけじゃなく、お尻の穴まで……覗かれちゃう)

彼の熱視線に排泄穴が炙られるのを想像し、胸から四方へ火照りが循環してゆく。炙り立てられた四肢末端に汗が浮き、期待を込めて震えだす。

「……う、ん。これで、いい……?」

声に喜色が滲むのを隠しきれぬまま柵を握り、踏ん張るためにわずかに大股となって、背後のユウゴへと尻を目一杯突き出した。

さっそく食いついてきた熱視を浴びて尻と背が震える。それを見てまたユウゴの眼差しの熱が高まるのを感知して、次の指示を待つ事なく詩織がスカートに手をかけた。

格子の隙間から注いだ風が、丸出しの乳房に絡み、まだ残る湿り気を飛ばしてゆく。

指示通りに覗き下ろした眼下には、今居るホテルより背の低いビル群が映るばかり。そのさらにはるか下の通りから仮に誰かが見上げたとして、地上二十八階にある部屋のバルコニーに立つ人影を視認できようはずもないのだけれど──。