不貞妻 詩織 視線を感じて、私……

「はぁ、っ、はっ、あぁぅ……っ」

ようやく過ぎ去った悦波に名残惜しさを覚えつつ、まだ残る余韻に浸り脱力した詩織の上体が、さらに前のめりに頽れた。

覆い被さられた格好のユウゴの眼鏡越しの眼光が、相も変わらずねっとり熱烈に見上げ、特に乳に舐りつく。それでまた、ジュンと熱い飛沫が蜜壺に溜まる。

「……やっぱり、君はボクと一緒になるべきだよ」

ぽつりこぼれた言葉の真意を推し量れる余力などあろうはずもなく。立ち上がった彼の胸に抱かれて、その温みと頼もしさに心安らぐのを詩織が痛感した、矢先。

「ふ、ぁ……っ、あ、あぁ……」

──大きくなっている。摺りついてきた彼の股間の膨らみと熱に炙られ、また、丸出しの股座がひとりでにくねる。

「このまま、ここでセックスしたら、凄く気持ちいいだろうね」

「……っ! はぁ……っ、う……!」

四か月間ペニスをお預けされ続けている股肉が、否応なく期待に包まれて口開き、浅ましい催促を繰り返す。

応じて擦りつく肉棒の好ましい硬さと、間近で浴びた男の熱視線。加えて野外で交尾するというケダモノじみた提案の誘引力。いずれも振り払えず。かといって即決もできず。詩織はただ男の胸にすがり、彼の股間との摩擦に興じるばかりだった。

結局路地でさらに一回、ユウゴの手指によって果てさせられた末。足腰が立たなくなった詩織の右手をユウゴが肩に担ぐ格好で、共に大通りへと戻ってきた。

「……詩織?」

路地から出てすぐに予想外の声に呼び留められ、まだ火照りの残っていた女体が急速に醒めゆくのを実感する。

「……っ、こ、幸太郎、さっ……ん」

振り返ると背広を着た夫、幸太郎がすぐ後ろに立っていた。

「やぁ。相変わらず時間通りだね」

「幹本部長。このたびはご指名いただき、恐縮です。……どうして、うちの家内と?」

驚いた様子もなく平然と挨拶するユウゴに、幸太郎が礼儀正しく頭を下げて応じる。その会話内容から、これから二人が商談に及ぶ手筈となっていると知った詩織の眼に一転、怒りと羞恥の色が差し込んだ。

(夫が時間通りに来るのを知っていて、わざと鉢合わせさせたって事!? また、私を辱めるだけ辱めて、お預けするっ……)

恨めしく睨んだ先で彼が、平然と嘘を吐く。

「体調の悪そうな奥さんを偶然見かけて、放っておけなくてね。そこの路地で吐かせたんだが、まだ、気分がすぐれないみたいだ」

「……デパートで買い物した帰りに、立ち眩み、しちゃって……」

追従して被せた嘘の前半部分は、あらかじめ外出の際の理由付けとしてユウゴに授けられ、すでに幸太郎へと伝えていたもの。

男二人が待ち合わせたホテルからも程近いデパートで、間近に迫った夫の父の誕生日プレゼントを購入する。この前振りがあったればこそ。

「……そうか。一人で帰れるか?」

すらすらと紡がれた嘘を、夫は疑う事無く受け容れる。それどころか嘘つく妻の顔を、心配げに覗き込んで気遣いすらした。

後ろめたさに追い立てられる妻は、伴侶の顔をまともに見られず俯く他ない。

体調不良ゆえの吐き気を催しているのだと解釈して、幸太郎が距離を詰めてくる。

嘘で不貞を誤魔化すなど、卑怯の上塗り。わかっているのに──。

(幸太郎さん。お願いだから、路地の方には行かないで。私がおしっこして、幹本君にお股を舐り回されてイッた場所に、目を向けないでちょうだい……!)

放尿の痕跡と牝臭が居残る場に、夫が向かうのではと。不埒な妄想をしては背徳的な恍惚を噛み含めてしまう。

──つくづく救えない。最低だ。自虐するほど、スカートの下で、遮る物のない内腿同士がモジモジと摺れる。まだユウゴの指と舌の感触が残る女陰から垂れた蜜を絡めて、ヌチヌチと卑猥な響きを小さく奏でてしまう。

「ボクも一度帰って着替えてくるから。奥さんを連れ帰ってあげて下さい」

「ですが。……ありがとうございます。すぐ、戻ってまいりますので」

仕事を優先すべきではないか。しかし、妻の事も心配だ。惑いを態度に出した幸太郎の背をユウゴが押し、間男から夫へと、妻の身が受け渡される。その間も、詩織は。

(あれって、私……の?)

ユウゴの衣服の肩口にわずかに付いた点状の染み。それが自らの漏らした尿、よだれ、蜜汁、いずれかの痕跡かもしれない。今まさに夫の目にも触れているそれが、不貞の痕跡であったなら。

「ああ、気にしないで。ちょっとの染みだし。それより今は奥さんの体調が心配だよ」

目を向けた幸太郎が「うちの妻が汚したのでは」と考えているだろうと気取った上で、ユウゴが機先を制して言い放つ。否定をしなかった事で暗に「あなたの妻の痕跡です」と知らしめる言い回しを、あえて選びニタつきながら。

「申し訳ございません、幹本部長っ。……お心遣い、ありがたく頂戴いたします」

平謝りしながら、それ以上言いすがるのも失礼と感じたのか、幸太郎がユウゴの肩先の染み──妻の性欲の痕跡を見つめて、再度感謝の言葉を口にした。

「……っ、んぅ……っ」

男二人のやり取りを見守っていた女の口唇から、堪らず火照った息が漏れ落ちる。夫への懺悔が胸を衝くほどに、お預け状態の股間が疼きを強めてしまう。

間もなくしてユウゴとの会話を終えた夫がタクシーを呼び留めた。夫婦並んで乗り込んだ後部座席のドアが自動で閉まるその瞬間まで、詩織はユウゴの股の膨らみから終ぞ目を背けられなかった。