不貞妻 詩織 視線を感じて、私……

明日になっても帰らなければ、幸太郎は確実に疑念を抱き、連絡してくるはずだ。破滅の可能性が、極限にまで高まる。

(もっと気持ちいいセックスができる。幸せな気持ちに浸れる、野外セックス。ユウゴ君と一緒なら、これからも、ずっと、ずうっと……)

それは、夫と過ごした六年の夫婦生活よりもずっと喜びに満たされるものだ。そうとしか思えなかったから──。詩織は期待を込めて唾を飲み、言葉と頷き、二つを用いて、念入りに破滅の引き金を引いた。

第七章 最高のパートナーと至高の宴

生涯忘れ得ぬ記憶となった公園デートから一夜明けた、八月一日。詩織は、関東の避暑地に所在するユウゴの別荘を訪れていた。

時刻は正午を回ったばかり。別宅と呼ぶには広過ぎる洋風一戸建て住宅に足を踏み入れた詩織は、屋敷の外の緑に囲まれた景色と快晴ぶり、新鮮な空気の味わいを思い返しつつ、そこへ全裸で繰り出すのだという期待に胸躍らせて、衣服を脱いでいった。

『今日は、サプライズを用意してるから。昨日よりも満足できると思うよぉ』

ここに来るまでの道中、新幹線の中でユウゴから告げられた言葉が未だに延々脳内で反芻され続け、発言者である彼が今も隣からじっと熱視線を浴びせてくる。その事実が、余計に詩織の期待を増大させた。衣服を一枚脱ぐごとに肌に感じる熱の強さが増してゆくようで、女体に奔る恍惚の疼きも増長の一途をたどる。

折良くユウゴが赤いボクサーブリーフを脱ぎ落とし、下半身を露出させた。自然と惹きつけられた詩織の眼に、持ち主の下腹に張りつく勢いで反り勃つ肉棒が映り込む。

(あぁ、早く……あのおちんちんで、思いっきり……啼かされたい)

夫を始め、世の中の大勢が働いている昼日中に、全裸で外に出てセックスする。それだけでも十分に魅力的な提案だ。なのに、ユウゴは「まだサプライズがある」と言う。──他の何を置いても優先したい想いに駆られるのも仕方がないではないか。

手の届く距離にある机の上に置いた自身の携帯電話を一瞥し、詩織は改めてユウゴとの逢瀬から逃れ得ぬ己の実情を確かめた。

今朝から断続的に携帯電話に届くメールと留守録。夫からであろうそれらの内容は、一つとして確認せずじまいで今に至っている。結婚してから六年間共に在り続けたエンゲージリングに至っては、昨夜外したまま、ユウゴの部屋に放置してきた。夫との繋がりに魅力も愛着も感じられなくなって、もう何か月になるだろう。

携帯電話の横に視線を滑らせると、新幹線の中でユウゴと交換しあった、お互いの推薦図書が寄り添っていた。それを読み耽り、感想を伝え合った時間の方が今やずっと心躍る記憶だ。趣味の合う相手との対話は、何気ない一言一句すら心に残る。

「……じゃ、行こうか。詩織」

着替え始めてからずっと口を閉じ、ただ凝視する事に努めていたユウゴが、やっと愛しい声を聞かせてくれた。おまけに手を差し出し、エスコートの意思を表明してもいる。名を呼ぶ響きと眼差しのねちっこさが、この上なく好ましいのは言うに及ばず。

「……は、い……」

昨夜も支えられた頼もしい手に触れると、公園デートで味わった恍惚の記憶も再来する。あれから一泊したものの、あえて一切の情交を断って今日を迎えた。

全て、これより行う饗宴の至福を最大限味わうためだ。

ユウゴに手を引かれ歩む詩織の脳裏には、すでに夫の影は欠片もなく、ただただ至福の時への期待だけが敷き詰められていた。

「おお、本日の主役の登場だ」「おめでとう、幹本さん!」

ほぼ全裸姿で別荘を出た直後の詩織とユウゴを、二人同様に全裸に近い姿をした複数の男女が拍手と笑顔で出迎える。

「きゃあ……っ!」

入室した時には人の気配すらなかったのに──。

てっきりユウゴと二人で過ごすものと思い込んでいた所に不意を打たれた形の詩織が、反射的に胸と股間を手で覆い隠す。その際、靴と靴下の他に唯一身に纏った衣装──首に巻いた黒のチョーカーに備え付けられた黒い宝石が弾み、陽光を浴びてより煌めく。

公園の如く整備舗装された、眼下一面に広がる巨大庭園。そこと別荘玄関を繋ぐ、広い道幅の通路に集った人数は、男女一名ずつ一組で、詩織とユウゴを除き六組。総勢十二名にも及ぶ全裸男女からの、思いもよらぬ祝福と視線を浴びて、詩織は二の句も継げず、前にも進めず。

どう反応してよいかわからず右隣を振り返り見れば、悪戯を成功させた子供の如き表情をしたユウゴが、にんまり。喜びを堪えきれていない彼の表情から、眼前数メートル先に居並ぶ全裸の面々こそ今日のため用意されたサプライズであると知った。

(意地悪っ……)

むくれっ面を彼にだけ見せたつもりが、そそくさと歩み寄ってきた、全裸の女性二人にも目撃されてしまい、今度は羞恥で赤面する羽目となる。

「はじめまして、新入りさん」「お名前を教えていただける?」

人懐っこい雰囲気を漂わせる細目の女性と、クリクリとした目が特徴的な童顔女性。共に二十代だという二人に笑顔を向けられ、先に自己紹介された事もあり、わずかではあるが詩織の裸身から強張りが抜けた。

「え……あ、は、はい。詩織……です」

まだ赤らみの残る面を上げて名を伝える新入りの、実にわかりやすい緊張ぶりがよほど微笑ましく見えたのか。先輩女性二人はにこやかな笑みを湛え──。