話の内容とはそぐわぬあまりの気軽さに、逆に真菜美は思わず、うなずきかけてしまう。
ひぃっぐッ、ふぇっぐッ。
一方の、放置されていた美少女メイドは泣きじゃくり続けていた。
『自分が一番』
『真菜美は二番』『せいぜい、学校専用のアナ』
そんなふうに考えていたのに、それは『奴隷の、いやアナの思い上がり』。それどころか、『真菜美の方が好み』で『引け目も有り』、『真菜美以下かもしれない』と宣告されたのだ。
ぶるぶるッ、わなわなッ。
刻一刻と高まり行く便意に苛まれ、それとそれ以外の理由で、中学生の御主人様を締めつけながら、美少女メイドは面を上げた。その整ったおもざしには悲愴なまでの決意が宿っていた。
「ご……ッ、ご……ッ、御主人様ぁぁ……ッ」
「うん? なんだい? くるみぃ」
美少女高校生のいつもと違う口調に気づきながら、透は気軽にというよりも、物憂げな、ある種、邪魔くさげな態度で応じる。
その冷淡極まる態度に『ココで下手なコトを言えば、態度をとれば、捨てられる』『女教師に、一番近くにいるハメ穴としての立場を取って代わられてしまうに違いない』と感づきながら、美少女メイドは肉体を震わせるだけではなく、唇を震わせながら、開いた。
「一言だけ……ッ、一言だけ……ッ、言わせて……ッ」
「うん? なんだい? 何でも好きに言えばいいじゃないか」
胡散くさげと呼ぶよりは、はっきりと邪魔くさげな態度で透は応じた。
「好き……です……ッ」
──!!──
真菜美は吃驚した。この気位の高い、ある意味高慢ちきな美少女が、今、ここで、このような場面で、自分から愛を告白するとは考えなかった。意表を突かれたのは、真菜美だけでなく、透も同様だったようだ。
「好き……ッ。御主人様が好きなの……ッ。愛しているの……ッ。世界中の……ッ、誰よりも……ッ、何よりも……ッ、好き……ッ。好きなの……ッ」
思いの丈を打ち明けると、ゴスロリ調の白と黒のメイド衣装をまとった美少女高校生は、半裸の身を中学生男子にもたせかけるように預け、哭いた。
「……それは、それは、それは」
ようやく言葉を返した透の態度はますます芝居がかっているように見えた。
「近在でも評判の美少女、一流の芸能プロダクションのスカウトたちが必死こいて狙っている高校生『園寺くるみ』に『アイをコクハク』されて身に余るコーエーだケレド」
そう言う透の言葉一つ一つにトゲがあった。
透は、くるみの顎をつまんで顔を上げさせ、頬を撫でて目を開けさせて、瞳をのぞき込んだ。
「信じてもらえると思っているの?」
──!!!!──
(ひッ、ヒドイッ! ヒドすぎるッ! いくらなんでもヒドすぎるわッ!)
側にいる真菜美がそう言いたくなるほどの、酷薄無情、無慈悲極まる透の言葉だった。
ぶるぶるッ、ぶるぶるッ。
まるで心臓発作でも起こしたかのように、くるみは総身を震わせながら、涙とともにうなずいた。
「し……ッ、し……ッ、信じて……ッ、信じてもらえなくっても……ッ、かまいません……ッッ」
ぽろぽろッ、ぽろぽろッ。
美少女メイドが大粒の涙をこぼしながら、愛の言葉を紡ぎ出す。
「信じてもらえなくっても……ッ、いいです……から……ッ、わたしが……ッ、わたしが……ッ、一人の女の子が『好きだ』と……、『愛しています』って……ッ、言ったコトだけは覚えておいて……ください……ッ。そのコト……ッ、その事実だけは……ッ、どうか……ッ、どうか……ッ、忘れないで……ッ。わたしのコトなんか、覚えていなくてもイイ……ッ! だけど……ッ、だけど……ッ、記憶の片隅に、誰かが『ボクのコトを好きだと言ってくれた』というコトだけは覚えていて……ッ。忘れないで……ください……ッ」
「…………!!!」
真菜美は声も無く、ただ、ただ、息を呑むばかりだった。
そこには、間違いなく〝愛〟があった。ただ、ただ、ひたすらなあまりに傷つき、前のめりすぎて倒れんばかりの想いに、真菜美は打たれていた。
ちゅッ。
透はくるみの頬にそぉっと口づけた。そして涙と、その跡を唇でぬぐい、払った。
「ボクも、くるみが好きだよ」
「…………」
そう言われても、今度はくるみが素直に信じることができない。隠しきれない不安を整ったおもざしにあらわにする美少女メイドに透は破顔する。
「中学受験が終わったにもかかわらず、家庭教師として雇う必要がなくなったのにもかかわらず、なぜ、くるみを雇い、側に置いているんだと思う?」
「…………」
黙りこくっているくるみに代わって、透が答える。
「ボクの異常昂進した性欲──一日5、6回は射精しないと、失調を来す──を処理するためのハメ穴として、の一面は確かにある。否定はしないよ」
透がくるみの顔をのぞき込み、その瞳をひた、と見据えながら続ける。
「だけど、もっと、大事なコトがある。今まで言わずにいたけど、この際だ。言っておこう。キミになら、くるみサンになら、殺されても構わないからさ」
──!!──
しごくあっさりとした、淡々とした口調が逆に真実味を帯びていて、いっそう不気味だった。